リアルファンタジー小説『アルディア』

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2013年3月5日

 今日はユーマの日で休みだ。
 セレンは孤児院に来ていた。イシュタルが図書館に本を返しに行くと言って出て行ったが、肝心の本を玄関に忘れていったのに気付いた。
 本を取ってイシュタルを追いかけようとしたセレンだったが、そのときちょうどコノハが玄関に出てきた。
「あれ、セレンさん、どうしたんですか?」
「あぁ、イシュタルがこれを忘れちゃって」
「じゃあ私が届けてきますっ!」

 セレンは一抹の不安を感じながらも本を手渡した。
 コノハはにこにこしながら外に出た。雨が降っていたので傘を差して外に出る。門のところにいるイシュタルに声をかけ、近寄っていく。
「イシュタルさん、本、忘れてます~」
 明るい声をかけた瞬間、イシュタルは眉をひそめた。「あ……コノハ、気をつけて」
 ところが案の定コノハはずっこけ、本は水たまりの中に勢い良くダイブした。

「きゃーっ!? イシュタルさんの本がっ!?」
 慌てるコノハ。セレンとイシュタルは「やっぱりな……」と言いながら額に手を当てる。
 本を拾うイシュタル。
「ごごご、ごめんなさい。私のせいで……!」あたふたするコノハ。
「いや、もう慣れた。図書館には私から謝っておく」
「そんなのダメです! 私も一緒に謝りにいきます!」
 コノハはイシュタルの腕を取って懇願した。イシュタルは苦笑しながら「分かった」と言って二人は去っていった。

 セレンがため息をついて玄関を閉めると、後ろにフェアリスがいた。
「なんだい、またコノハのやつ、やっちまったの?」
「あぁ。まったく、あいつは人助けが趣味なのにすべてが裏目に出ちまうからなぁ」
 そう、コノハはそういう子だったのだ。

1993年3月8日

 一隻の飛空艇がアシェルフィ小学校の校庭に降り立った。
 窓から大きな影が入り、セレンたちはその飛空艇に気付いた。それは魔族の国ヴェルシオンのものだった。
 生徒たちは戦慄とした。ヴェルシオンとは戦争中だ。敵国の飛空艇が首都アルナ付近まで攻め入ってきたからだ。
 ヴェルシオンからアルバザードまではいくつかの国がある。ではどうやってアルバザードに侵入したのかというと、間にあるジンディア山脈上を通過してきたからだ。この山脈は高くはないが長く、飛空艇が他国に攻め入るには格好のルートとなっていた。

「なんでヴェルシオンの飛空艇が!?」
 セレンは思わず立ち上がる。リディアは不安そうな顔で「アシェルフィの街を襲撃に来たんだよ。ここは校庭が広いから飛空艇を停めるのに便利だし」と応じた。
 すると船の中から甲冑を来た男が浮かび上がり、セレンらの教室の窓まで飛んできた。腰には剣を下げている。
 甲冑が抜刀し気合を込めると窓ガラスが吹き飛んだ。リーザはとっさに前に出てユノでバリアを張り、ガラスの破片から生徒を守った。

「誰だてめぇ!」
 がなるオヴィを無視して甲冑はセレンを見据える。
「お前がセレンか……?」
「え……? そ、そうだけど。あんた誰だよ。なんで俺の名前知ってんだ」
 セレンには過去の記憶がない。過去のセレンを知る者なのだろうか。

「我が名はヴァーナ。ヴェルシオン空軍大佐を務めている。我が目的は首都アルナの攻撃および貴様の抹殺だ、セレン」
「俺の……?」
「手始めにアシェルフィを陥落させる。だがそれにはお前が邪魔なのだ」
「なんで俺なんだよ」
 ヴァーナは低く深いくぐもった声で答えた。
「先日サプリの村を襲ったファルアモンのバイアスがお前にやられたと聞いてな。
 お前はピンチになると額に紋章が浮かび、思いもよらぬ力を発揮するだろう?」
 確かに心当たりはある。セレンは唾を飲み込んだ。
「その紋章こそアルシェの使徒の末裔である証」

 ヴァーナの言葉にリディアが目を丸くする。
「アルシェって……今から約1600年前に活躍したカコの時代の英雄のこと?」
 そう、当時世界は上弦の月ドゥルガと下弦の月ヴィーネの二派に分かれて争いをしていた。ドゥルガ側の精鋭部隊をアルシェ、ヴィーネ側の精鋭部隊をソーンと言った。アルシェとソーンの末裔はその後も歴史上何度か現れたが、まさか現在までその血筋が絶えていなかったとは。
「ってことはセレン君はアルシェの遠い子孫なの?」
「血族かどうかは分からぬ」ヴァーナはリディアに答えた。「だが紋章を受け継いだ者であるということは確かだ。セレンは紛れもなくアルシェの末裔。やがて使徒を集め強力な力となってアルバザードを護国し、我がヴェルシオンの脅威となろう」

 大剣を振り上げるヴァーナ。
「ゆえにその芽が育つ前に摘んでおく必要があるということよ」
 剣を振ると軌跡を描くようにユノ波が生じ、セレンを襲った。セレンは剣を抜き、その波を弾く。
「ぐっ!」思わずのけぞるセレン。「なんて力だ……」

「来い、セレン。それとも船の中の魔物を放ち、先にアシェルフィを焼き払ってやろうか?」
「そんなことさせるわけないだろ」
 セレンは冷や汗を浮かびながら飛び上がり、教室の外へ出た。リーザは「私も加勢するわ」と言って外に出る。「わたしも」「俺も」と言ってリディアとオヴィも外へ出た。
 校庭に降り立つとヴァーナはくっくと笑い、「4対1か。かまわぬ。どうせ女子供が相手だ」と言い放ち、剣を振り上げた。
 セレンは腕を上げて巨躯から繰り出される巨大な剣をどうにか受け止めた。ユノとユノがぶつかり合い、青い火花が散る。

「サーゼ!」
 リーザが強烈な吹雪を放つ。すんでのところで避けるヴァーナ。そこに「かかったな!」とオヴィが自分の斧にイーレの魔法を放ち、電撃斧の一撃を振り下ろした。
 斧を甲冑に食らい、ヴァーナがよろめく。そこにリディアがエーズの魔法を放った。氷柱が顔面を打つと、兜が吹き飛んでいった。思わず顔を押さえるヴァーナ。
「おのれ……小娘が!」
 怒ったヴァーナはリディアを掴むと地面に叩きつけた。リディアは悲鳴を上げ、地面に倒れた。あまりの衝撃と痛みで立ち上がることができない。

 リディアを攻撃されたセレンは怒りで我を忘れ、「てめぇ、よくもやりやがったな! ぶっ殺してやる!」と怒号を上げた。学校中に響き渡るほどの怒声にヴァーナはおろか全員がすくんだ。
 セレンの額には紋章が浮かび、それと同時にセレンは全ユノを剣に集中させ、ヴァーナを袈裟斬りにした。甲冑が割れ、ヴァーナは慌ててマントで体を覆った。
「馬鹿な……。大佐の私がいくらアルシェの末裔とはいえ、こんな子供にしてやられるとは……!
 くっ、今回は挨拶程度しかできないようだな。だがまぁ良い。いずれお前は必ずこの私が息の根を止めてやる。せいぜいそれまで首を洗って待っているんだな」
 よほど甲冑の中を見られたくないのか、ヴァーナはマントで顔と体を覆ったまま飛空艇に飛んでいった。それと同時に飛空艇は空高く舞っていった。

 その日の授業は中断で全校集会となり、軍務省からセレンらヴァーナを追い返した戦士たちに賞状が与えられ、アシェルフィの街を守った者として表彰された。
 こうしてアシェルフィの街でセレンらの名が広まり始めた。


 原文

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