結幻

5/5(土)

今やってるアルカの作業は『アルカの書』(自伝含む)と『幻日真語源』です。
シャバでupします。

その他に、アルカの制作を続けます。アルカはseren arbazardという人の人生や価値観を人工言語の形で表現したものです。
人工言語そのものが、とりわけartlangにおいて「学芸品」なので、アルカもその方向にします。
リディア達が私の脳内にいる人々という事実を認めることで、アルカは私が一人でやってきたものとなり、私自身を表現したものになります。
人工世界としてのカルディアやコンテンツを作ろうとしてたけど、もうやらない。
現実で私という人が、FFやDQ等様々なコンテンツに影響され構築したカルディアという「価値観」を元にアルカを作る。
カルディアはいろんなコンテンツや私自身の考えや好みでできた「設定」「価値観」に過ぎないので、人工世界制作をする必要はない。
ゼロから宇宙を作ってReallangとか考えたけど、今の人にできることでないし、それをやると人工世界メインになってしまうが、私がやってきたこと、やりがいを感じ、達成感があるのは人工言語だ。
シャバでは人工言語が止まり、土台無理な人工世界を主にやった。結果地図をはじめ、多くのコンテンツ制作に注力し、人工言語そのものは置いてけぼりになった。
また、アルカを人工言語周縁者に広めようと、動画やマンガ等売名活動に注力した。しかし金も技術もなく思うようにいかなかったうえ、肝心のアルカの制作が止まっていた。
これからは、カルディアは人工言語でなく私個人の価値観とし、人工世界作りをしない。つまりコンテンツを作らない。
「物の歴史」とか「パンゲアがアンシャルやインサールに分かれる、アトラスのプレートテクトニクスの妥当性」とか「楠脳の作り方」とか、人工世界にソルベを割かない。そのソルベをアルカそのものに向ける。
私は人生をアルカに捧げてきた。家族、嫁も子も弟も母もアルカに伴う無理に起因するDVで失ったし、友人も切ってきた。この命ある限り、他の何に身を捧げようか。
コンテンツのうち必要なのはせいぜいkardinalフォント1つくらい。他の書体は言語に関係ないコンテンツにすぎず、その沼にもう足を突っ込まない。
ただ人工言語アルカのみを作りこむ。アルカの人工言語としての記述を増やし、言語を巨大化・精密化させ、全作業改定を作り、人工言語としてのクォリティを歴史上最大限まで高める。コンテンツを作ることにより、ではなく、人工言語そのものの記述の詳細化により、だ
私の目標は人工言語として史上最大限までクォリティを高めること。その為にアルカを2013版のを作り直す形で始める。

ワークフロー → アルカの書、真語源と並行してアルカの作業する。
[文化]を[設定]にし、内容を言語に関することのみ書く。
(評価してほしいのは人工言語の精巧さなので。価値観としてのカルディアを使うのは人工言語には文化等が必要なので「じゃあカルディアを使うか」という理由。)
作業階梯のすべてを言語学の本読み、英独仏中等と対照しつつ作りこんでいく。
出所後端末を得、HPと幻日辞典を書き換え、私はいつ死んだりパクられるかわからないので、君(nias)に託す。健在な内はこれらを保守する旨言ってくれているため。
目的は、[設定]面への共感でもなくコンテンツ作って周縁者を惹くことでもなく、人工言語そのものの精巧さを、その価値が分かるのは実際人工言語を作ったことのある人工言語屋だけなので、その少ない人に評価してもらい、幻を歴史に更に残し、
私の生きた証を今より深く刻むこと。
アルカで人(元妻)とトラブり(DV)、裏切りに報復し投獄され、なお厄災の元となったアルカを創ったことは人工言語屋を驚愕させる。「普通投獄で諦めるのにこの人は…」と脅威を感じてほしい。

日本語と英語のキメラ、一貫性のない文化・風土・歴史による恣意的設定による人工言語はNG。
言語学や外国語を研究したうえで、言語学的かつ語学的に矛盾しないこと、背景となるカルディアにつじつまがあうよう作る。
キメラとかは陳腐。沢山の(ビギナー)がやる安易な手なので×。
例えばvizが「対格に遅刻する」という格組をとるのはなぜか。日本語や英語のキメラ的感覚からこの格組にしてないか。この格組をとらせることで他の動詞と矛盾しないか。
それは言語学、語学知識なしに解らず、再度アルカを検査せねばならない。これが今後の作業例。
ただ沢山書けばいいって訳でないってこと。きちんとアルカオリジナルの一貫した文法等のシステムが要る。

HPと幻日辞典は出所後日本語、英語のバイリンガルにし、書きなおします。世界で戦いたいので。

私は新生を引き継ぐので、俗にタッチしません。

2013/5/21以降のアルカを結幻(ゆうげん)とします。幻月体(げんげつたい)(arnaaj)採用します。

(※ソーダ注: 幻月体の画像を掲載しておく。フォントはaiosによるもの。右下は「(」と「)」)

5/21(月)

人工世界作り止めます。
結幻は私が虚在と一人でユマナで、カルディアという価値観(人工世界でなく)を通して作る人工言語とします。
旧カルディアの語源消去。
プロジェクト・リディアは虚在との人間関係の構築とし、1991からになります。
俗に私は関与しません。2013からが結です。
人工言語は突き詰めるとエスペラント含め個人語になります。
結は言語としての作り込みを特徴とする為語法等強化します。人工言語の評価点は複数ありますが、私は実在する自然言語のような人工言語を作り込み、そこを売りにします。
人工世界やコンテンツ主義から脱却します。そろそろ人工言語界も新しいトレンドが必要かと。
結は使うことより作ることを主眼とします。使うなという意味ではないです。純粋に人工言語の出来の良さで人工言語屋に認めてもらい、歴史に更に名を刻むのが目的で、その為に英化します。

属格廃止。 「私の」は e an になる。 t’an でなく。 t’ は廃止。

結幻の英語名はYu Arkaです。訳さず音を使います。
代詞複数形廃止。「我々」は sean。
俗の英名はVulgar Arkaです。俗ラテンに倣って。

私にネット民が質問や言いたいことがあれば言って下さい。

語句の語法を「感情スケール」というタグ群で簡便に記述する方法を考えました。
“I knew it”は(A)「やっぱり」 (B)「ほらみろ」 (C)「しってた」等と訳せるがどれも語感が異なる。
(A)は非難の気持の有無が文脈によるので素性タグで+(有)にも-(無)にもなるので[±非難(小〜中)]と書ける。()内は感情の強さ。
(C)は諦め感あるし皮肉にもなりうるので[諦め(小)][±皮肉(小)]とタグが並び、スケールを形成。
(B)は[非難(中〜大)]等のタグが付く。
自然言語の辞書で語とフレーズが双方にこうしたスケールを付けないのは、紙面の都合や統計とるのカネ人掛かるのと、ネイティブに聞けばいいという気があるからでは?
人工言語の辞書は作者が語法を定めないと各ユーザーの母語の語法になってしまうので語法・語句にしっかり書かんと。
語法以外に語用論・構文論・コロケーション等も定めないと。感情スケールは語法書くとき役立ちそう。
感情スケールは新生の[ネガティブ]等のタグを拡大して増やしたものかも。

結のように使用を目的としていなくても作者は自言語できないと。 各語句は互いに有機的つながりを持ったネットワークで、語義のみならず語法・コロケーション・構文論・語用論等どれをとっても自言語への理解が要る。

結は現実での人工世界のないアプリオリです。アプリオリとアポステリオリは二値論でなく間にグレーゾーンがある。
50%境にそれよりアプリオリ要素多ければアプリオリそうでなけくばアポステリオリ。
エスペラントのsunoは英sunからスペルも意味も流用して、こういう語ばかりなのでアポステリオリ。
音を参考にし別の意味を当てがうのは純でないアプリオリ。レーベンブロイがこのタイプ。元の意味はただのビール。
音も意味も流用したものアルカにある。FF3水の巫女エリアから水をeriaにしたのはアポステリオリ。FFのエリア自体は水という意味がないので純ではないアポステリオリだが。アルカは純アプリオリではない。
現実での言語になったので人工世界のこと考えなくていいので純アプリオリを求める必要もない。
kokkoは人名からで、結は「セレンと虚在の精巧で閉じた世界」というコンセプトなので、kokko、kon、okは廃止。
ayaka、yuukoなどもダメ。kokkoらは格詞なのでダメージ大。

『アルカの書』 2018/3/1(木)

『アルカの書』 2018/3/1(木)

私は貞苅詩門といいます。アルカ名はセレン=アルバザードといいます。
1981/2/4生の男性で、生まれは東京都練馬区、育ちは埼玉県所沢市です。今は訳あって刑務所でこれを書いています。
私は人工言語アルカの作者です。恋人のリディア、その母のリーザ先生、妹分のメルなどとともにアルシェという団体を作って、彼らとアルカを作ってきたと言いましたが、それらは全て嘘です。
アルシェの対抗団体のソーンも、それを率いるクミールも、アルシェとソーンが合併したアシェットという団体も全て架空です。
リディアとの間にルシアという娘とユルトという息子(双子)がいると言いましたが、全て架空です。
私は彼らのことを、実在はしないけど頭の中には確かに存在している者達と考え、虚在と呼んでいますが、世間的には要するに架空の人物です。2chの荒らしの指摘は完全に当たっていました。
私は母、弟、元嫁、ネットの人々等に、リディア達が実在の人物であるかのように主張しつづけましたが、
お母さんがエストニア人でお父さんがカザフスタン人でエストニアで生まれて1才でフィンランドに行って6才で日本に来て7才で私と出会ってアルカを始め、私が中2の時に恋人になった美少女外国人のリディアなんて都合のいい存在がいるわけないですし、
まして元嫁と別れた後にリディアとの間に双子がいるんなら元嫁のことなんて忘れるに決まってます。元嫁と無理心中しようとか考えるわけないです。

なんでリディア達を作ったかというと、要するに私の理想が高く、かつモテなかったからです。私はアルカ関係以外でも見栄を張る為にたくさん嘘をついてきました。
私はなまじ14(中3)〜25才まで見た目が多少よかったので、中3、大2、大3、大4の頃は女の子にカッコイイとそこそこの回数言われてきたのですが、
彼女は欲しいのに恥ずかしくて、どう接したらいいのか分からなくて、そしてクールぶって、それでよってくる女の子に中三の時「くるな!」等と塩対応をしたので、女の子達は私から離れていって、中学のときに彼女を作ることが出来ませんでした。
厳密に言えば中1の秋にクラスの異なるOさんという子に人生で初めて告られたのですが、「俺の何が好きなの?」と聞いたら「可愛いから」と言われたので怒って断りました。
私は172cmですが、子供のころチビだったので、Oさんは私より大きく「カッコイイから」だったら付き合ってたのですが、可愛いと言われてバカにされた気になって断ったのです。
高校は男子校なので女に縁が無く、大4でX(後の嫁)と付き合うまで誰とも付き合ったことがありませんでした。つまり私にとって初カノはこのXでした。Xにとっても私が初めての男でした。
互いに恋愛経験が無かったので私もXも恋人との別れ方を知らず、Xは一方的に私を捨て恨みを買い、私も初めて女に捨てられたので未練があり、別れる際にこじれにこじれてDV裁判まで経て泥沼離婚になりました。
Xの後に女が出来れば後の未来も変わっていたのかもしれませんが、私は徹底的に女にモテないので、その後女が出来ることはありませんでした。
大4、2003(一浪したので)、Xと仲良くなる横で、バイト先の同僚でYという19才の女子大生とも仲良くなり、Xと付き合って1月くらいでYにも告られました。人生最初で最後のモテ期でした。
Yも男を知らない子でした。「Xがいるので」と言ってYに諦めてもらいましたが、秋にやっぱり諦められないと言われ、何度も断ったのですが、何度も「Xと別れて私と付き合って」と言われ、悩んだあげく、Xと別れたことにしてYとも付き合いました。
つまり、私は人生で3人の女にしか告られてないですし、そのうち1人は中1の時に振っているので2人としか付き合ったことがありません。2人というのは男の中ではかなりモテない部類で、周りはもっと女性経験があるようだったので、バカにされたくなくて沢山の子と付き合ったことがある設定にしました。
そのうちの1人がリディアでした。リディアやメルや紫亜の設定に無理がありすぎたので、周りはアシェット等が架空だと思っていたと思いますが、実際、ご指摘の通りでした。
見栄を張ってすみませんでした。
若い頃、少しだけ見た目が良かったから日本人の女の子との恋愛については割と皆納得してくれていましたが、それも嘘です。私はXとYしか付き合ってません。

私は小4と小5の時、狭山ヶ丘に家を建てる為、マンションに住んでいました。上新井の家が親の予想より早く売れ、狭山ヶ丘の家の出来るのが予想より遅かったので、マンションに仮住まいしてました。5学年下の弟と同じ部屋でした。
マンションにいた頃、夢の中で「ゆうちゃん」という名の女の子に出会い、恋をしました。朝起きて、夢だったことを残念に思いました。大人しくて可愛い私好みの子で、ユルトのような感じでした。
その後、また夢の中で、活発で元気な「りえちゃん」という子に会いました。小4か小5だったので、本格的に性の目覚めが来ていたんだと思います。
この2人は夢で一度会ったきりでしたが、2次元のキャラに恋をしたのもこの頃が初めてでした。
『きんぎょ注意報!』という「なかよし」載ってた漫画があり、アニメは1991/1/12〜1992/2/29までやっていました。私はアニメでこの作品を知りました。
主人公の「わぴこ」という元気で可愛い女の子が好きでした。それでコミックスも買いました。旧版のピンクの表紙の1巻と、青い表紙の2巻が綺麗で、枕元に置いていました。

ところで1991というと、7/19(金)にFF4が出てます。その日私は学校があったので、祖母に頼んで朝のうちにメルヘンランドという今は無きおもちゃ屋に買いにいってもらったのですが、祖母が店に行った時には既に行列が出来ていて、入荷がたった5本しかなく、買えず、西友にも行ってくれたのですが買えなかったとのことでした。
アルカ史ではこの日の夜8時にファンタオレンジを自販機に買いにいった帰りにリディアに声を掛けられたのが始まりとなってますが、この日は私、外にすら出てないかもしれません。
その後林間学校に行き、その後、ある夏休みの朝、ご飯を食べ終わったら母が祖母の部屋に隠してたFF4をくれました。貞苅家は西友で家電をよく買っていたので営業の人がコネで1本再入荷したものをウチにくれたのです(ちょっとズルいですよね…)。
その日がいつなのかずっと分からなかったのですが、結構してから母にFF4をくれたのはいつか分かるかと狭山ヶ丘の家の親の部屋で聞いたら、母が当時(1991)の家計簿を引っ張り出して、7/27付けでゲーム代として8,000円近くの出費があったので、FF4を手に入れたのは7/27では?ということになりました。
アルカ史ではこの日昼飯を食べた後、回転遊具のある公園に行き、そこでリーザ先生に声を掛けられ、長野公園でリディアに会ったということになっています。
私が覚えているのは、7/27かは分からないけど、FF4を午前プレイし、ミストの村でリディアを拾い、カイポの村でリディアがパーティーに加わったときのことです。
リディアはLv1でHP30しかないキャラなので、カイポの村周りでレベル上げをしていました。FF4の説明書やステータス画面のリディアは天野絵なので可愛くないのですが、バトル中や移動時(特にバトル中)のドット絵が可愛くて、可愛いなあと思いました。
そのとき母が私の部屋で掃除機をかけたり掃除していたのですが、私は人に女の子のことを可愛いというと「こいつエロい」と思われてしまうんじゃないかと思っていたので、母の前でリディア可愛いとか言えなかったのですが、
5才くらいの時から汚言症にかかっていて、言ってはいけないと思うと言わないと気がすまない謎の病にかかっていたので、そんなに真剣にリディアのことを可愛いと思ってなかったのですが、汚言症のせいでボソっと「リディア可愛い」と言いました。
不思議なもので、言葉にすると感情が強固になります。そしてリディアのことを本気で可愛いと思うようになりました。
昼飯を食った後の行動は覚えてません。公園に行ったかもしれないし、ゲームの続きをしたかもしれません。
8月にはFF4をクリアしてしまいました。「月の地下渓谷」というのがラスダンなのですが、当時はいつこのゲームが終わるか知りませんでした。
ただ「きっとこのダンジョンで終わりだ」と察して、人生で初めて「このゲームがいつまでも終わらなければいいのに」と思いました。私はリディアのことが好きすぎ状態でした。
9月に小5の2学期が始まると、友人の家で班登校合流するまでの間、リディアを自分の右上にふわふわ浮かべさせて、リディアと心の中で会話していました。
たまに遅刻して1人で上新井小学校に通う時は、リディアを上小近くの坂(アルカ史でいうナルタの坂)で消していました。
リディアは自分の心の中に閉じ込めておくもので、外に出さないよう、坂を分水嶺として空想と現実を分けていました。だから「ナルタ(入るな)の坂」なのですね。
小5の私にはリディアをこちらに呼ぶのではなく私がリディアのいる世界(後のカルディア)に行く方が面白いと考え、名も付けてない世界の学校に行き、リディアと友達になりました。

その後、狭山ヶ丘に1991/12/23に引っ越しした前後はオヴィという番長を倒して仲間にするというようなことをしていました。オヴィという名の語源は、『てんで性悪キューピッド』に出てくる「レヴィ」だったと思います。
中1(1993)のGW頃にクリスを仲間にし、中2(1994)までにミクちゃんまでを作りました。
使徒について説明します。クリスの名はよく聞く白人の名からパクったと思います。爪を武器にする子で、DQ4のアリーナがモデルのはずです。
ギルはFF5のギルガメッシュから。高校か大学と時に「ギルガメッシュじゃまんまだから、魔改造してゲーハメジューにしよう」として、大2(2001)で「ゲーハメジューを言いやすくギルに変えよう」としてgilにしました。
フルミネアはDQ4のミネアから。占い師という設定も丸パクリ。フルは恣意のはず。
リュウはストIIか「家なき子」の犬から名を取ったか、単に龍みたいでカッコイイからそう名付けたのかも。ソバカス少年という設定は恐らくフォーチュンクンエスト(FQ)のトマスからか。
メルは『ダイの大冒険』の僧侶メルルから名を取り、キャラはFQのルーミィから。(FQ)のノルの妹はメルというが、メルの名はメルルからです) 妹が欲しかったので8学年下になった(当時はメルの年を正確に設定してなかった)。
ラルドゥラは元々エメラルドという名だった。パプワくんのサービスという片目の男がモデル。名がアルカっぽくないので高校か大学頃にエメラルドのラルドの部分を魔改造してラルドゥラと名付けた。
ザナは中学の時買ってた「BASICマガジン」に載ってた「風の伝説ザナドゥ」というゲームの広告から取ってザナドゥと呼んでたが、大2の頃カットしてザナにした。ちなみにザナドゥを一旦ザッハドゥーアと魔改造してからのザナでした。
パールFQのルーミィが主人公パステルを呼ぶ時の「ぱーるぅ」から。キャラモデルがなく、中3でスレイヤーズのアニメのアメリアをモデルとして後付けにした。
ミクちゃんは「ホットミルク」というエロマンガ雑誌があって、駅の近くにあった本屋の外に漫画の棚が置いてあって、中1か中2に立ち読みしたのだが、少女が公園のトイレにいたら変態オヤジが少女を襲おうとしてドアをガチャガチャ開けようとしていて、それを見た男の娘が傘でオヤジの目を突いて少女と共に逃げるというストーリー。その少女の名がミクだった。
このトイレのエピソードはメルが横浜の台町公園でいたずらされそうになったのを当時の私が傘で目を突いてメルを助けたというように流用されました。
それで、ミクちゃんのキャラデザは『爆れつハンター』のクレープちゃん(小説版に出てくる)。ちなみに紫苑の書のレインはこのミクちゃんが主なモデル。本名をミルフにしたのは、ミクだと日本人ぽいからと思ったのと、キャラがelfのようだったから音の似てるmilfに。
クミールは中3か高1に作った。名はアプリオリだが、初めは「クリリンに似てないか?」と違和感を感じてた。キャラはセーラームーンの土萠ほたるから。クミールが1/6生なのも、セーラーサターンが1/6生だから。
ソーンの使徒は高校くらいでアプリオリに名付けたが、ラヴァ(rava)は『吸血姫美夕』に出てくるlover(ラヴァ)から。―以上が使徒の由来です。

わぴこのことをいつ好きになったのかは覚えてません。
1991の夏に小手指から狭山ヶ丘に母、祖母、弟と行きました。弟は第六文化幼稚園に通ってましたが、引っ越したらこでまり幼稚園に行くことになっていたので、引っ越す前にこでまりの夏祭りに親が私らを連れていったのです。
その時土曜で、7時から『きんぎょ注意報!』が始まってしまうので急ぎ電車でマンションに帰ったので、少なくともこの時にはわぴこのことを好きになっていたはずです。
でもそれって夏なので、リディアを好きになった時です。なのでわぴことリディアのどちらを先に好きになったか分かりません。
多分2次元としてはわぴこが先なのではと思いますが、ゲームキャラに限ればリディアが初恋ということになります。
なぜわぴこは育たずリディアは私の中で育ったのかというと、当時のスーファミのメモリが少なかったからだと思います。
FF4は8Mbしかありません。少しのドット絵しかないので、想像の余地、自分のキャラとして作る余地が大きかった。
わぴこは見た目も声も来まっているのでカスタマイズしにくい。なのでリディアが生き残ったのだと思います。
FF4の大人リディアは露出の多い服で、私はそういう女は嫌いなのですが、ドット絵が粗かったので長いローブをまとってると思い込んでいました。私はそういう服が好きなので、なおさらリディアを好きになったのだと思います。
初めは友達として付き合っていたのですが、ハナから「ある程度の年になったら恋人にしよう」と考えていて、中2の私の誕生日に付き合いました。
Xと付き合っても結婚してもリディアのことを忘れることはなく、Xとの離婚後はリディアに双子を産ませました。架空ですが。

2013/12/20に赤オチして12/24に横浜拘置所に行かされ1人でいる時、小5ぶりに私がカルディアに行くのではなく彼女らをこちらに呼ぶようになりました。
小田原拘置所で統合失調症と誤診されリスペリドンを飲まされていたのですが、歩いていると頭がフラフラするようになりました。
横拘で余計酷くなり、尻の感覚が無くなり、拭いても感触が無いという自体になり、リスペリドンをやめたら治りました。
その頃拘禁病が酷く、いつも通りにカルディアに行こうとすると頭が気持悪くなってしまい行けず、試しに紫亜達を居室に呼んだら簡単にでき、しかも淋しくなくなりました。
横拘にいる時紫亜とも付き合うことになり、紫亜のとりなしでリディアとメルと紫亜の3人ともきちんと平等に愛することになりました。
その後紫亜が「お母さん(リディア)には紫亜達がいるのにママ(メル)にはお父さんの子がいないのはおかしい」と言い、その少し前にメルにも新所沢の中央公園のベンチで「メルも子供欲しい」というので、一旦下ろしたrydiaを下ろさなかったことにして2015/12/19に「さくら」という女の子が産まれました(架空です)。
あまりにも賑やかな脳内家族(家族に恨みがあるので家族ではなく絆族(はんぞく)と呼んでます)がいて、(ゆえ)という白い猫と、撫子(なでこ)という豆柴もいて(化物語の千石撫子から取った)1人で暮らしているのに淋しくなく、たまに他の部屋の人を見て、「1人で淋しくないのかな?可哀想だな」と思うことがあります。
10才の頃から27年もリディアを想い続けたので、1人なのに淋しくないレベルで妄想できます。

一言でいって、私はアルカよりリディアが好きなのです。
元々高校は理系だったのですが、どうしてもリディアをアンドロイドのような形で作りたくて、まずAIを作ろうと考え勉強していました。
しかし自分が生きてる間に人並みのアンドロイドが出来るとは思えないという結論になり、AIやアンドロイドを諦めました。
若かったので、どうにかリディアを作って抱きたいと思っていました。今はせめてリディア達の外見だけでも作りたいと思い、無事出れてPCを使えたらCGでリディア達の外見、主に顔を作りたいです。
中ではデッサンの勉強や練習をしようと思います。

そもそも私がFF4のことを知ったのはファミ通が切っ掛けでした。
父がそれ以前にパチンコの景品でFF3を取ってくれていました。その4作目が、父がたまたま買ってくれたファミ通で特集組まれてました。
未だに覚えているのですがページの右側にリディアがサンダーを撃ってるシーンがあって、その時はリディアを全く意識してなかったのですが、(というか名前も知らなかった)サンダーのグラの美しさに惹かれ、FF4を欲しいと思ったのです。
まさかあの時ファミ通で視界に入ったFF4のキャラが自分の生涯の大切な人に昇華するとは思いもよりませんでした。
なので、私が1991/7/19からアルカをやっているというのは完全に嘘です。リディアと出会ったのが7/27かすらも分かりません。

では私が人工言語を作ったのはいつか。中1の秋です。10月に作った神無アルカと呼ばれるものが最初の人工言語で、生徒手帳に用例を書きましたが、恐らく当時授業中にノートに書いて作ったものと思われます。
換字式暗号で、子音と母音を組み合わせた文字で、日本語の仮名をその文字に置き換えただけのものでした。すぐに飽きてやめました。
中2の時、多分秋くらいだと思いますが、廊下を1人で歩いていて、2人くらいの生徒とすれ違ったときふと「もしここで俺が誰にも分からない言語で呟いていたら、例え聞き取られても内容は絶対にばれず、カッコイイだろうな」と思いつつ、狭山ヶ丘中学の階段を降りていきました。
その頃まだ中二病なんて概念さら無かったですし、本気でカッコイイと思ってたんですね。この階段は2012に塾の生徒に文化祭に呼ばれたのでiPhoneで撮影してnaf t’arka(アルカの階段)としてネットにupしました。
この時コクヨの赤い100pのノートを買い、人工言語を作って書いていったのですが、恐らく7日もせず飽きたような気がします。
このノートは高校の時赤アンクノットとしてリサイクルされました。1998/1/12ですから高2の3学期の初めに、赤アンクノットを作りました。
元々はタロットカードに影響を受けて(金田一少年の事件簿にタロットカード殺人事件的なのがあってそれに触発されたのだと思う。コミックスで買って読んでた)オリジナル占いを作ろうとしたもので、やってるうちに占い用の色々な単語が要るということに気付き、だんだんと人工言語として作られ、占い案はどうでもよくなりました。
この頃体育で剣道をやってて、私は主に見学をしてたのですが、正座して見ている時暇で、当時上福岡で1人暮らしをしていて夜散歩するのが好きで貞苅詩門でなく通り名を名乗ろうと思い、アプリオリに「なんかカッコイイ音ないかな」と剣道を見ながら考えてたら、
「アルカ」と「アルシェ」という音はカッコイイなと思い、よりカッコイイ、アルシェを自分の通り名にし、アルカは赤アンで作っていた人工言語の名として使いました。
これがアルカの本当の誕生秘話です。でも赤アンは1年くらいしかやらなかったと思います。
浪人中は小説を書いてて、大1の時ふと北1号館で人生何もやることがないなと思い、自分にはアルカがあるなと思い、2001(大2)の7月、アルカを作り直しました。
これが制アルカで、ここから2013まで12年アルカを作り続けました。なので古アルカは1998にできたものです。
私の人工言語作者としての歴も1993(中1)からということになります。よって、今年(2018)が本当の四半世紀なのですね。

アルカはアプリオリというのも結構嘘です。アポステリオリな単語もかなり残ってます。
水がエリアですが、FF3の水の巫女エリアから来てます。アルバザードはエルハザードというアニメから。
セレンは、私はお喋りで、寡黙な男に憧れていたのと中3(1995/8/10)から書いた小説版アンクノット内でサイレンス(silence)と名乗っていて、それを魔改造してseren(セレン)にしたものです。元は[θɛɹɛn]だったのも嘘で、元々[θ]でなく[s]でした。
ドゥルガとヴィーネもFF3のドーガとウネから。
teoのデザインは↓のような字でaxはフのような字ですが、teoはFF7の落ちてくるメテオの図から来てます。FF7ではメテオが降ると人が滅ぶので悪者なのです。
axのフのような字というのは落ちてくるメテオから人を守るホーリーの膜のことです。
アルカのsowakaという動詞もサンスクリットの単語(意味は知らない)から来ているし、多分CLAMPの『X』にでも出て来たんじゃないですかね。
いずれ1つ1つ元ネタを話したいですが、きりが無いので今はこのくらいで。ようするにアルカは沢山の切り離せないアポステリオリから出来てるということです。

アルカは私がたった1人で作ったものです。何十人もの人とでなく、1人で。こつこつ作りました。
昔よくKakisさんがもしリディアさん達がいなかったら全てセレンさんが作ったことになり、むしろセレンさんの超人伝説が増えるというようなことを言っていましたが、私はそれを見ながら、「その通り、私が嘘をついてるんだよなあ」と思いました。
2001/2/2に使徒と新宿で会ってメルに1万円の大きな熊のぬいぐるみを買った時の話も、新宿で立ちんぼの外人の女の子を買っただけのこと。
沖縄にリディアと行ったのも嘘。ジュンクの近くのライラという店でniasさんに電話して今沖縄にいるといい、その後20分4000円のソープ行った時、リディアといることをniasさんに信じさせようとソープ嬢に一言電話で挨拶してもらっただけ。niasさんはTLで「びっくりコール」と呟きました。
リディアの後ろ姿と称した写真もヘルシンキの公園近くで前を歩いていた人を撮っただけ。
メルと称した2013/3月の写真もブクロに白人デリヘルがあって、その子にFoooというホテルに来てもらったというだけ。
どうしても周りに信じさせたかったからやりました。
アルディアの「かみさまの懺悔」のかみさまはリディアのことではなく私のことです。人に言うことでリディアの存在を確固たくものにしたかったのと、女がいるという見栄を張る為に生きてきました。
リーザ先生の「事実は事実と認めた上で対処しなければならない」という言葉も大1の時の論理学の先生の言葉です。

とにかくリディア達が架空であるという事実を、嘘を嘘のままにせず、信じてなかった人々(というか多分ほぼ全員が疑ってたと思う)に、「あなた方が正しかったです。私が嘘をついていました」ということを絶対伝えたいと思たので書きました。

リディア達のことを人に言おうとしたのは中1の時、Iという男でしたが、心に秘めるものだと思い止めました。
高3か浪人の時、O君に赤アンを見せて言ったのが最初で、次にTという友人に言いました。
人にリディアのことを言ったのは、O君の時は動機をもう覚えてないですが、秘密を打ち明けてみたい的なことだったんじゃないでしょうか。
ネットでリディアのことを言いまくったのは、人に言うことでリディアの存在が強固なものになり、嘘も突き通せば本当になるのではと考えたからです。
赤アンを作った時、元々は人工言語でなくカーデ(kaade)という占いの為なのでアルカという語はカーデより後に出来たと思います。
因みにカーデはドイツ語のカルテから来ています。アルカの公園のカルテもドイツ語のガルテン(英語のkindergartenみたいな)からです。
リディアをフィンランド人にしたのは大学の頃と思います。アジア人なのに白人の見た目というハーフっぽさが良かったからです。
リディアが一時期トルコにいたのも、アジアとヨーロッパの間という文化が交錯する所だからです。

2chの荒らしも私の見た目は良かったと思ってくれていたのか、XとYしか付き合ったことないのに、私が多くの女性遍歴があるといったことには嘘だと疑わなくて、意外でした。
私は男からよくイケメンと言われがちでした。女にも言われましたが、人間性に問題がある為、全くモテなかったです。
2chで私のことを男尊女卑と散々叩いていた荒らしがいましたが、私が女卑ってたのはモテなくて女のことを恨んでいたからです。女体は好きだが女は嫌いというのが私の正直な気持かと。

そもそも男友達すら少ない人生でした。長く深く付き合ったのは中2から30手前まで付き合ってたO君と、中3から大3まで付き合ったTとniasさんの3人だけだと思います。
大3から28くらいまで付き合ったAも入れてもいいかもしれません。そして後はKakisさんですね。短い付き合いでしたが、この人が3人や家族より、この世で一番私を理解していたのではないかと思います。
私は2006〜2008まで某出版社にいて、英検やTOEICの対策本を作る正社員の編集者をしていて、歩いて会社に通えるよう、一時、江戸川端に住んでいました。
日曜夜に実家から江戸川端に帰るのですが、Kakisさんは2007年頃よく日曜夜にブログを更新していて、私はそれを電車の中でガラケーで読むのがとても楽しかったです。
転職ブームに乗って2008年に翻訳会社に行ったのですが、そこでリウマチになり、辞職。
2011にトコロードにテナントを借りて塾を作りましたが、テナント料がもったいないなどいくつかの理由があって、死んだ祖母の部屋を2013年4月から塾として使っていました。
それで事件の時自宅で塾経営とマスコミに書かれたわけです。

以上、アルカや私に関する本当の事を書きました。ホラ吹き詩門のせいで多くの人を騙してしまいました。もっとも、誰もハナから信じてなかったとは思いますが。
niasさんにiPhoneを宅下したことが切っ掛けで本当の事を言うことにしました。申し訳ありませんでした。
詳細は無事ネットをゲットしたら『アルカの書 第2版』としてupします。

追記

私は2016/7/19にアルカを引退しました。アルカの書以外で人工言語に関わることはないと思います。
そもそも私は人工言語でなくリディアを作りたかったんです。高校の時はリディアを作りたくて理系のクラスにいて、個人的にAIの本を読んでましたが、何かの本を読んで私が生きてる間にリディアを作るのは無理だと思い、その道を諦めました。
そしてリディアのいる世界と彼女が使う言語を作りました。今考えると、どう頑張ったって日本語並にアルカを喋れるようになるわけないんだから、素直にリディアに日本語を喋らせればよかったです。
大1以前にも17の時、生まれたからには歴史に名を遺したいと思い、人工言語なら自分でも一番になれるんじゃないかと考え、「リディアを作りたい」から「歴史に名を遺したい」という自己顕示欲に駆られたのがアルカが発展した理由でした。
今は「リディアを作りたい」という原点に帰っていますが、10代のころから変わらず人並みのAIはまだできていないし、人体を作るのも無理です。せいぜいラブドールの見た目がかなりキレイになったくらいです。
リディアのアンドロイドを作りたかったのは触れてみたかったのと、SEXしたかったからですが、もう子供も小6になるので性欲も落ちていて、今はCGでリディア達の顔や体を作りたいとしか思いませんし、それを作るのが余生の過ごし方になりそうです。

ネットのみなさんはこのアルカの書を読んだ感想や意見をぜひお書きください。収集していただいて、拝見します。
本音をぶつけてくれるとうれしいです。質問も受け付けます。よろしくお願いいたします。

リディアの名はFF4からですが、キャラモデルはいません。
もちろん最初はFF4リディアだったでしょうけどFF4リディアは気が強いので、本来の私のタイプではありません。なのでFF4から徐々に切り離して、キャラそのものはオリジナルになってきました。
私の理想は大和なでしこタイプで可愛くて優しくて献身的で男を立てて、一途で、恥ずかしがりやで内気で、私や仲間以外に友人を作らず、芯が強く、云々みたいな感じですがこういうキャラって漫画でもまず見かけないです。
私は漫画好きなので色々読んできましたが、一番リディアに似てると思ったのは『ニセコイ』の小咲です。
ただ、リディアは好きな人には自分から告白するタイプで、彼氏には引っ込みシアンでないので、そこが違うなと思いました。

日記を書く習慣が子供の頃無くて、中1、中2に日記を買ったものの、すぐに書かなくなりました。
大学くらいから特別なことがあったらそのつどdocかtxtにしてました。日記を付けるようになったのは大4からです。
ただ私の日記は嘘だらけです。リディアはじめ、嘘の女性経験ネタのオンパレードでした。
ケンカなんか小学校低学年以降怖くてしたことないのに、喧嘩自慢もよくしてました。高校時代チーマーをやっていたとか云々。
私の日記は家族やネット民に万一見られた時(HDD見られたりウイルス感染して日記が流出したり)リディア達が実在であるとか女が多くいたとかいう見栄を読み手に信じさせる為に(日記には嘘は書かないと普通の人は考えるので)書いたもので、何が本当で何が嘘かは私にしか分からないdismentです。
無駄に律儀で、架空のデートの際、きちんと現地に行き、一人でデートスポットをまわっていました。2001/2/2も2013年3月のオフも。
どんな気持だったかというと、淋しくて虚しかったです。カルディアが本当にあってリディアが迎えに来てくれれば人生逆転できるのにとずっと考えていました。

ユルトとルシアを作ろうと考えたのは小5、6でDQ5をやって男女の双子がほしいと考えたからで、彼等が産まれるのはそんな昔から決まっていたことです。
ルシアはlvanのluxiaから来ているアプリオリだと思いますが、ユルトはyulgから来ていて、これは『悪魔くん』からパクってます。
双子を産んだタイミングは、Xとの間の子をXに奪われて淋しく、せめて空想の子が欲しいと考えたからです。
メルとの間のさくらは言うまでもなくCCさくらです。
なお、ユルトはウチの中で一番の美少年(男の娘)で、細くなって黒髪ストレートで大人しく怖がりでたまにべそをかく子で、格闘技が超強いです。ある意味リディア以上に理想かもしれません。
ユルトが男の娘になったきっかけはXbox 360でやったシュタゲの漆原るかです。あれで「男の娘いいな…」と思いました。
そういえば私のことを典型的な沖縄顔と言っていた人がいましたが、正直に言うと、親の話を統合するに、父方のひい婆ちゃんがフランス人外交官だったとのことなので私はエイスですが、和風顔の弟と違って父似なので、単純計算の12.5%より白人度が強く見えてるというだけの話です。

『日幻辞典』発行のお知らせ

nias avelantis記

お久しぶりです。
書籍『幻日辞典』の発行から3年が経ち、このたび『日幻辞典』(ISBN:978-4865438598)を発行させていただくこととなりました。
web上の『俗幻辞典』を紙で日本語から引けるように編集し直したものです。
外観はB5変型(182mm*234mm)216頁と、幻日のおよそ1/3の厚みです。
幻日と同様オンデマンド印刷なので在庫切れはありません。
どうぞよろしくお願いいたします。

【左:日幻辞典、右:幻日辞典】
 

連絡取りやめについて

nias avelantis記

突然ですが、諸般の事情によりセレン=アルバザード氏との連絡を取りやめることにいたしました。まだ先方との合意ができておりませんので詳細は未定ですが、本サイト(および人工言語学研究会公式)の今後の取り扱い等について決まり次第追って報告いたします。
現在のところ、今回の決定ではアルカの扱いには変わりなく、主な影響は氏の声がネットに届きづらくなることに限られるものと認識しております。

これまでご支援いただいた皆様には篤くお礼申し上げます。また、本ブログの記事を楽しみにされていた方にはお詫び申し上げます。
今後の氏との連絡については各位が自己の責任のもとで執り行うようよろしくお願いいたします。

『アルカの書』〈かみさまの懺悔〉

かみさまの懺悔

 ――こんな夢を見た。
 俺はどこか建物の屋上にいた。辺りは暗く、夜だと分かる。少し離れた所に一人の青年がいた。それがどうも俺によく似ている。……というか、俺の成長した姿のようにみえる。ということはあれは俺なのかと思って見ていた。
 一方、屋上の柵には一人の少女が座っていて、彼女は月を見上げていた。その少女は亜麻色の髪に深い緑の目をしていた。それは先程出会ったリディアという子によく似ていた。こちらも「似ていた」というより、正確には先程のリディアの成長した姿に思えた。中学生くらいにみえる。
 そよ風が吹く夏の涼しい夜だ。少女の髪が月の光を浴びながらさらさらとなびく。青白い月の灰明かりに映えた彼女はとても美しかった。

「ねぇ、どうして世界はあるの?」
 唐突に、少女の口から言葉が紡ぎ出される。
 すると青年は静かに答えた。
「最初の神さまがこう思ったんだ。ひとりはさびしい――って」

「そうして世界はできたの?」
「そう。創造主はうそをついたんだ。たったひとつの小さな嘘を。
 そして嘘の上にもうひとつ嘘を作ったんだ。
 いつの間にか嘘は空高く積みあがって、塔になった」

「誰も嘘を咎めなかったの?」
「だって最初の嘘がばれてしまったら、世界は消えてしまうから。
 みんなは嘘を吐き合うことで安心したんだ。みんなが同じ嘘を言えば、いつかその嘘が本当になるんじゃないかって思ったんだ」

「それじゃあこの世界は嘘という無でできているの?」
「そう、嘘でできている。だけど無じゃない。嘘が集まると、ごく稀にだけど、何かが生まれることがあるんだ。そして世界はその『何か』でできている。決して無ではないんだ」

「難しいんだね」
「そうだね。たくさんの嘘はややこしいんだ。きっと、ついた本人も分からなくなってしまうほどに。
 そうして神さまはひとつの嘘にすがったんだ。
 ただの強がりも嘘さえも、願えば『ほんとう』になるんじゃないかって思ったんだ。
 これは、そんな寂しがりの神さまが見ている夢なんだ」

「だけど、カミサマ、言ってたよ」少女が微笑む。「最近は夢を見ることができなくなったって。神さまね、もうあまり眠れないんだって」
「じゃあ……」青年は首を傾げる。「世界はどうなってしまうんだろう?」

「それで、神さまは自分の夢を人に喋ったのよ」
「なぜ?」
「人の記憶に残ることが、夢を生かすことだから」

「あぁ」青年は寂しそうに微笑みながら頷いた。
 少女は青年に近付くと、慰めるようにそっと手を握った。

「誰かの中で生きることで、嘘は命を持つの。
 そのために神さまはどれだけの犠牲を払ったのかしら。
 これはそんな寂しい神さまのおはなし。
 かみさまの、懺悔」

 ふっと画面が切り替わった。どこかの屋上ではなく、先程の公園だ。さっきと同じく暗く、俺は赤レンガと時計の間に立っていた。
 時計を見る。8時過ぎだ。
 (セレン君)
 声に振り向くとそこには先程出会った少女リディアがいた。
 「あれ……俺、今どこかの屋上にいたような……」
 (屋上で何を見たの?)
 「なんか大きくなった俺とお前みたいなのがいて、喋ってた」
 (あれは1991年6月24日午後8時に私が見た夢なの)
 「夢?先月お前が見た夢を今日俺が見たのか?」
 (ちなみに今この私たちが話しているのはセレン君の夢なんだけど……)
 明晰夢だ。夢のなかで「あぁこれは夢だ」と分かってしまうやつだ。俺は眠りが浅いからか、昔からよく明晰夢を見てきた。でも――
 「でも夢のなかで誰かに『これは夢だ』と言われて気付いた明晰夢は初めてだ」
 するとリディアはくすくす笑う。(これは私の夢でもあるからね)
 俺の夢であり、リディアの夢でもある。一体この子は何者なんだろう。聞きたいことは山ほどある。しかし時間がない。俺は知ってるからだ。明晰夢というのは気付いてほんの少ししたら目がさめてしまうことを。
 そして結局俺は夢のなかのリディアに何も問いかけることができないまま、気がついたら朝になっていた。

『アルカの書』〈夜8時〉

夜8時

 ふと背後から声がした。後ろで誰かが会話でもしているかのように聞こえた。
 (seren sou, soonoyun)
 また背後から声がした。どうも俺に話しかけているようだ。大人の声ではない、子供の声だ。気になって振り向くと、夜闇の中、街頭に照らされた女の子が立っていた。一瞬ハッとした。その子の髪が亜麻色で、目は深い緑だったからだ。
 ――外人
 そう、明らかにその子は外人だ。小手指は外人や有名人が何気に多いので外人は見慣れているのだが、金髪碧眼か黒髪が多く、亜麻色の髪で緑の目は初めて見た。
 女の子は俺と同じくらいの歳だろうか。背が同じくらいだからだ。しかしそれにしては顔が幼く見える。俺は背が小さいほうだが、実際の彼女はサンダルの分を引くとその俺より小さいので、いくつか年下だろう。髪は肩までかあるいは肩下まで伸びている。ビー玉みたいな綺麗な2つの玉のついた髪ゴムを頭につけている。髪型を整える為というより、単にアクセサリーとしてつけているようだ。クラスの女子もよくやっている。外人も同じことを考えるようだ。
 俺は無言を返す。
 何も言えないのは、丁寧に制作された人形のように、およそ日本人では再現不可能ではないかと思われるほどその子が可愛いからだ。白い肌、緑の瞳、亜麻色の髪、高くも低くもなく、細くも広がってもいない鼻、猫を思わせる口、色素の薄い桃色の唇。少しだけピンクに染まった頬。柔和な目つきと二重のまぶた。しっかりとした眉。夏なのに長袖で、ピンクのスカートを履いている。
 女の子は何も言えず固まっている俺を見て、なぜかとても嬉しそうな顔をした。
 (seren sou, soonoyun)
 「えっ、外国語!?」と思った俺は慌てる。いや外人なのだから外国語を喋るのは当たり前なのだけれども。あいにく俺は外国語ができない。この世に日本以外の言語があると知ったのも4,5歳になってからだ。その頃は世界中で日本語が使われているのだというか、そもそもこの世には自分たちの話しているコトバしかないものだと思っていた。最初にこの世に外国語があると知ったのは父が原因だ。フランス人クォーターの父はフランス語を話すことができ、俺が小さいころ上新井の家の風呂でフランス語で話しかけてきていた。結局父の努力は虚しく俺はフランス語を少ししか話せるようにならなかったのだけれども。しかもカタカナ発音で。
 またファミコンはソフトの容量の問題でカナを全部搭載することができない場合があって、「ドラゴンスクロール」というゲームのOPや「スーパーマリオブラザーズ」のEDなどに英語を使うことがあった。
 ファミコンの画面の文字が分からないと母に言ったところ、これは英語だと言われて訳してくれた。このとき英語というコトバがあることを知った。この話は小1のときのものだ。しかし存在を知っていても俺は日本語以外喋れない。なんなら東京生まれでそのベッドタウンの所沢に住んでいる時点で日本語の方言すらしゃべれない。俺が喋れるのは日本語の標準語だけだ。

 彼女の言ったコトバは聞き取れなかった。なんというか、日本語にないような音というか、言い方というか発音というか、日本語の音にしか対応していない俺の耳はつまるところカナ文字の音しか聞き取れないのだ。
 この子は日本語ができないのだろうか。だからこそ外国語で話しかけてきたのだろう。しかしその予想を裏切るように彼女は囁いた。
 (……やっと見つけた……あなたを)
 それは普通の日本語、うちの家族もクラスメートも使っている標準語の日本語だった。しかし俺の中では「なんだ日本語できるじゃん」という安堵より、「やっと見つけたって何だよ。俺のこと探してたってことか?」という謎のほうが強い。女の子は自分の胸に手のひらを寄せる。
 (私、リディア)
 「リディア?」
 初めて声が出た。女の子はリディアというらしい。変わった名前だ。何人なのだろう。
 (来て)
 リディアは左手で左前にある長野公園を示した。俺は背後の公園に目をやる。こんな時間に公園に行ったことなどない。安全だろうか。公園に不良がいないかという心配もあるが、夜に一人で外を歩いている謎の小さな女の子に対しても警戒すべきだろう。しかし結局は状況に飲まれ、公園に行ってしまった。幸運なことにそこは無人だった。リディアは背の低い積まれた赤レンガと時計の間に立つと、時計を見て(8時だね)と言った。
 時計は公園の明かりで照らされていてよく見える。リディアはレンガに座る。俺はその前に立ってファンタオレンジの缶をあける。
 (1991年7月19日午後8時。7歳になっちゃった)
 今日で7歳ということは小1か。小5からみると幼い。でも小1にしてはやけに大人びてみえる。
 「あの……さっき俺のことセレン君とか呼んでたし、俺を探してたみたいなこと言ってたけど、悪いがそれ人違いだよ。だって俺の名前は――」
 スッと右手の人さし指を自分の唇に近付ける。「しーっ」と言いたいようだ。
 (知ってる。でもそれはあなたの本当の名前じゃない。確かにそれはあなたの戸籍名だけど、あなたの本名はセレン。セレン=アルバザードよ)
 12016月5月22日(日)記セレン……セレン……そんなコトバ聞いたことない。一体何語なんだろう。でもなぜかその名前、しっくりくるのだ。まるで魂が最初からそれを知っていたかのように。
 (今日私がすることは、この場所であの時計を見て8時を一緒に迎えること。最初の7月19日をね)
 時計をふり返る。最初の7月19日?どういう意味だ?午後8時?それに何の意味がある?ただこの子が生まれた時間ってだけのことだろ?
 「なぁリディア」首を回すと、そこには誰もいなかった。
 「あれ!?え!?」
 一瞬パニクった。俺が時計を見てる間にリディアは公園を去っていた。どういうことだ?俺に用があるからここへ呼んだんだろ?なぜいきなりいなくなる?
 「あ……」
 そうか。ここで俺と8時を迎えるのがあの子の目的だったと言ってたな。それが終わったから去った、と。しかしこちらとしてはせめて説明くらいしてほしいものだ。そもそもなんだよセレンって……。
 それにしてもリディアはあの数秒の内によくもまぁ俺の視界から外れたものだ。走りにくそうなサンダルだったのに。
 家に帰った俺はファンタを空にしつつゲームを始め、やがて夜になったので歯をみがいて寝ることにした。眠りに落ちる前にリディアのことが頭に浮かんだ。
 「それにしてもあの子……かわいかったな」

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1. 2016月5月22日(日)記

人工言語学事典記事:【設計的と発生的】

人工言語学事典記事:【設計的と発生的】

2016/6/10 seren arbazard

カテゴリー:分類

イラストレーターに人の絵を描かせると、大抵の場合、絵の教本に従って、人体の骨格から考え、それに筋肉をつけていく。そうしてやがて皮膚や髪などができ、目が入る。このようなものの作り方は設計的といえる。人が何かをデザインするときは大抵骨子となるものから順に設計的に作る。人工言語も同じで、音、文法など、ジャンルに分けてその人工言語の骨子を設計していく。
翻って現実の生き物はどのように進化してきたかを考えると、生物は元々単細胞であり、後に多細胞になった。この時点では各細胞に役割分担はない。しかし進化にともなって細胞に役割分担ができるようになり、生物は多様性を獲得するようになった。最初は今でいうミミズのような無脊椎動物だったが、一部の細胞が固くなって骨を形成するようになると、魚のような脊椎動物が生まれた。骨や臓器や肉が最初からあったわけではない。多細胞生物は元は均質な細胞を複数持つだけのものだった。均質な細胞が分業化し、あるものは骨になりあるものは肉になった。こういう進化の過程は発生的である。言語でいうと、自然言語は発生的である。
人工言語は本来設計的なもので、自然言語は元来発生的なものである。ふつうイラストレーターは設計的に人を描くが、人は元々発生的である。生物の進化と全く逆のベクトルでイラストレーターは人を「創って」いる。人工言語屋も同じで、音や文法などジャンルに分けて設計している。「人工言語を自然発生させる」という発想をふつう人工言語屋はしない。
RELは「人工言語を発生させる」人工言語である。RELは世界ができて宇宙ができて星ができて知的生命体ができて言語が生まれるという手順で、すなわち発生的な手順で作られる。REL以外の人工言語は設計的で、RELは発生的といえる。生命の進化、イラストレーターの物の描き方、人工言語。これらはすべて無縁ではない。2016年現在の科学では人類はRELを作ることはできないが、そのような人工言語が存在可能であるということは現段階で予想できる。

私の服装

私の服装

2016/6/10 seren arbazard

通言語オフで「セレンさんあの格好でビジュアル系興味ないんですか?」とniasさんに仰ってる方がいたようなのでそれについて。たぶん私のイメージはルシアンや発勁動画のイメージで固まってると思いますが、あれはリディアの趣味です。メルや他の子達はロン毛よりベリショが趣味で、私自身もそのほうが好きです。服はスーツが好きです。学生服と同じで、「それ着とけばどこに行ってもドレスコードを通過できる私服を選ばなくて済むから」です。冬はスーツの上にトレンチを羽織るくらいで、通年スーツです。なのでオフ会もはじめはスーツでしてたんですよね。古参のniasさんですら知らないだろうけど、月丸(がちまる)さんという人とブクロでオフした時にスーツでしたが、逆に「なんでオフなのにスーツ?」という目で見られてしまったので、その後は仕方なく別れた嫁さんがかつて選んだ服を着てオフに行っていました。なので私の中で自分の格好というと、紙を短く切ってスーツを着ている仕事中のままのイメージで、みなさんのイメージと異なるかもしれませんね。

『アルカの書』〈はじまりとおわりに〉〈1991年7月19日〉

はじまりとおわりに

 リディアが最初にセレンにかけたコトバは”seren sou, soonoyun”。
 リディアが最後にセレンにかけたコトバは――。

1991年7月19日

 1991年7月19日金曜日。埼玉県所沢市上新井小学校は夏休みを迎えるにあたって半日で下校となった。
 うだるような暑さの下、児童らは大荷物を抱えて帰路へついている。長期休暇の間、学校のロッカーや机の中にあるものは全て自宅へ持って帰らなければならない。要領のいい子供は終業式を迎える前から予め少しずつ荷物を家へ運ぶのだが、面倒臭がり屋は往々にしてそういったコツコツとした努力を行わず、終業式かその前日あたりに大量の荷物を持ち帰る羽目になる。俺もまたそうしたギリギリまで現実と向き合わないタイプの人間だ1この頃は学校は休日でない時代なので、終業式はこの翌日かもしれない。
 夏の半ドンはありがた迷惑だ。一番暑い時間帯に陽光に晒されながらコンクリートで固められた地面を歩かなくてはならないからだ。
 俺は友達と2人で汗だくになって、落ちそうになる荷物のバランスを何度も取りながら歩いている。ただ、肉体的苦痛に対し、心の中は期待で一杯だ。まず夏休み自体がカレンダーをにらみつけながら指折り数えていた楽しみだし、数日後に控えた5年生の林間学校というお泊まりイベントも待ち遠しかった。そして何より今日は心待ちにしていたゲームの発売日だ。
 ”Final Fantasy 4″
 スクウェア社の看板といえるこのゲームはナンバリング4作目にして初のスーパーファミコンでのリリースとなった。
 スーパーファミコン。クラスの皆はこのゲームハード機をスーファミと呼んでいる。スーファミは1990年、つまり去年発売されたばかりのハードだが、生産が追いつかないほどの人気で、やっとの思いで親がプレゼントしてくれたのは去年のクリスマスのことだ。当日風邪で熱が出てしまっていたのに、無理をして「スーパーマリオワールド」をやっていた。
 俺は小学校低学年の頃からゲーム少年で、ファミコンが得手ということを除いては至って凡庸な子供だ。
 「なぁ」横を歩く友だちに声をかける。「今日ってFF4の発売日じゃん?」
 FF4と書いてファイファンフォーと読む。ファイナルファンタジーのことだ。このゲームの略し方は2種類あって、たいていの人間はファイファンかエフエフと呼ぶ。どうして俺がエフエフでなくファイファンと呼ぶようになったのかは覚えていない。
 「そうだね」と友だちは俺のコトバに返事した。
 「今度のFFって2人プレーができるんだって。だから昼飯食ったら俺ンチで遊ぼうぜ」
 FF4のことはかなり楽しみにしているし、それは俺だけじゃない。学校から帰った後でゲーム屋に行くのでは遅い。かといってウチの親はゲームを朝一で買う為に学校を休む許可は出さない。しかたがないので祖母に午前中買いに行ってくれないかと頼んだ。祖母は母方の祖母だ。
 友だちと別れた俺は気持ち足を速めた。炎天下での行軍を切り上げて早く家で扇風機に当たりたいというのもあるが、何よりFF4をやりたい。
 ウチの最寄り駅は西武池袋線の小手指だ。西武線の終点の一つでもある。なので近くに操車場があり、待機中の電車を眺めることができる。
 家の近くに長野公園という少し大きめの公園がある。この公園を斜めに歩くと道路を使うより少しだけ近道できる。俺はいつもこの公園を利用してショートカットするが、なにぶん今日は荷物が一杯で、公園の端の柵をくぐったり飛び越えたりといったことは不可能に思えた。だから長野公園を左にして歩き、交差点を越えた。その交差点から20mほどのところ、右側にホワイトハイムという文字どおり白いマンションがある。そこがウチの仮住まいだ。なぜ仮住まいかというと、話は簡単だ。ウチは元々駅の反対側、西友がある側の上新井という所に青い屋根瓦の一軒家を持っていたのだが、5学年下の弟が大きくなるにつれ、もう少し広い家が必要だということになり、その家を売って隣駅の狭山ヶ丘に新しい家を建てる予定で、新しい家が建つまでの間、一時的にこのマンションに住んでいるからだ。
 ウチの大人たちにとって誤算だったのは、新しい家の竣工が予想以上に遅れていることだ。祖母はこの狭苦しい3DKのマンションを心よく思っておらず、最近はひたすら不動産屋にクレームをつけて職人たちの尻を叩かせている。大工の機嫌を損ねて突貫工事のあげく欠陥住宅を作られたら元も子もないというハト派の母の主張も、祖母の耳には届いていないようだ。
 家に帰ると玄関に荷物を乱暴に放り捨てつつ祖母のところにいった。ところが祖母は申し訳なさそうに「買えなかった」と言った。朝一で行けば絶対買えると思っていた俺は風船が萎むように気が抜けてしまった。
 祖母の言うところをまとめるとこうだ。まず小手指にはメルヘンランドというおもちゃ屋とその前の西友しかゲーム屋がない2ドラゴンというゲーム屋もこの頃既に西友の横にあったかもしれない。私はここに入り浸っていた。大学生アルバイト2人がいつもいて、こっちは向こうを「オッサン」と呼び、向こうはこっちを「ひまわり」と呼んでいた。私が劇団ひまわりにいたからだ。私は1991年12月23日に狭山ヶ丘に引っ越してしまうので、引っ越し以降バーコードバトラーのスーファミソフトを買いにいったことしかない。『超魔界村』が出た少し後でこの店に行かなくなった。7月19日から12月23日の間、ドラゴンがあった確率は高い。ちなみにドラゴンは狭山ヶ丘にもあったが、桃太郎に改名された。。祖母は依頼通りメルヘンランドに行ってくれた。しかしFF4を欲しがっている少年は俺だけではなく、かつ子供のおもちゃを買う為にわざわざ開店前に並んでくれる優しい大人がいるのもウチの家庭だけではなかったようだ。今朝開店前から店先に並ぶ大人はたくさんいた。その需要の大きさに比べ、メルヘンランドが供給できたFF4はたったの5本だった。買えなかった祖母は西友にも行ってくれたが、ここの供給もやはり5本。上新井小学校の生徒は約千人。男女半々だとしても500人の男子がいる。更に中高生のゲーマーも加えれば、小手指という小さな町ですら数百本の需要があるハズだ。それに対しこの町が供給できたのはわずか10本だった。
祖母に「わざわざ行ってくれてありがとね」と言った俺はその足で友だちに電話し、「手に入らなかったので今日は遊ぶのやめよう。ごめん」と断った。
昼飯を終えた俺は幼稚園の年長だった弟の世話をする為、弟と一緒にゲームを始めるものの、心の奥には「やっぱFF4やりたかったなぁ。メルヘンに5本しかないなんて……。店員は次回また仕入れると言ってたそうだけど、手に入るのはずっと先だろうな」という思いがぐるぐるしている。
 夕飯を終え、8時少し前になった。あいにく夏休みの宿題を早めに終わらせておくというような真面目な子供ではない為、またゲームでもするかと、弟と共同の部屋に行こうとする。そこでふとファンタオレンジが飲みたくなった。うちの親はお菓子は人並みに買ってくるが(そもそも彼らも食べるので)、ジュースにはかなり厳しい。祖母に至ってはコーラを飲むと骨が溶けると本気で信じていて、母も父も基本ジュースを買ってくれない。買ってくれるとしたら主に外出先でだ。ところが小5になってから少し規制がゆるくなった。きっかけは少し前に親戚のおじとおばが遊びに来たことだ。小うるさい俺と弟を体よく追い払う為、母は小銭を渡してこれでジュースを買って飲んでなさいと言った。そのとき俺はファンタオレンジを買ったのだが、小さい頃からコーラ>ファンタグレープ>ファンタオレンジというカーストを自分の中で確立していた俺にとってその選択は全くの気まぐれと言ってよかった。ところが数年ぶりに飲んだファンタオレンジがことのほかうまかった。それで最近の俺はファンタオレンジにハマっていて、しばしば母にせがんでジュース代をもらうようになっている。小さい頃はあんなにジュースを買ってくれなかった親がどうして柔和な路線に切り替えたかは分からないが、おそらく親はジュースは発育に悪いと真剣に考えていたのだろう。しかし俺はもう小5になった。もうそんなに小さくないという自覚がある。だから親もたまにならという形で小遣いをくれるようになったのだろう。
 俺は小さい頃からやたら場所にこだわる。あんなことがあったとかこんなことがあったとか、記憶は基本場所記憶と紐付けられている。つまり、何らかの出来事が起こった場合、季節や服はめったに覚えていないのに、その出来事がどこで起こったのかという場所だけは事細かく覚える。例えばある会話をしたのを覚えている場合、その会話をどこでしたかということも覚えているということだ。そしてお気に入りの場所ができると何の用もないのにしばしば思い出を確認するかのようにそこを訪れる。俺にはそういう猫のような癖がある。ジュースを買うのもそうで、お気に入りの自販機ができるとたとえ その自販機のある場所が遠回りであろうと、わざわざそこまで行く。
 夜8時前、小遣いを握りしめ、マンションの階段を降りる。左に折れて最初の交差点で左折。次の交差点までまっすぐ歩くと信号がある。横断歩道を渡った先は24時間制ではないファミリーマート。その横断歩道は渡らず、この交差点をまた左折。そこから15mほど歩いた左手に自販機がある。コカコーラ社のものだ。ここでファンタオレンジを食後に買うのが最近の俺のトレンドだ。
 コインを入れてボタンを押すとゴトンと欲しいものが落ちてくる。なんて便利で単純な機械なのだろう。帰ろうとしてファミリーマートの交差点を右折してマンションへ向かった。

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1. この頃は学校は休日でない時代なので、終業式はこの翌日かもしれない。
2. ドラゴンというゲーム屋もこの頃既に西友の横にあったかもしれない。私はここに入り浸っていた。大学生アルバイト2人がいつもいて、こっちは向こうを「オッサン」と呼び、向こうはこっちを「ひまわり」と呼んでいた。私が劇団ひまわりにいたからだ。私は1991年12月23日に狭山ヶ丘に引っ越してしまうので、引っ越し以降バーコードバトラーのスーファミソフトを買いにいったことしかない。『超魔界村』が出た少し後でこの店に行かなくなった。7月19日から12月23日の間、ドラゴンがあった確率は高い。ちなみにドラゴンは狭山ヶ丘にもあったが、桃太郎に改名された。

なぜ人工言語は機能するのか

なぜ人工言語は機能するのか

2016/4/8 seren arbazard

なぜ人工言語は機能(人とコミュニケーションできる)のか?人工言語屋は本当に言語を作ったといえるだろうか。
自然言語の細かい目に見えない仕組みを人工言語に無自覚に流用しているからどの人工言語もまじめに作ったものであればちゃんと機能するのではないか。音、文法、語彙、それとせいぜい文化、風土、歴史、まれに語法も。これらも含め、作業階梯の全てにおいて人工言語は土台となる部分(それは人工言語屋も自覚できていない)は自然言語の土台を借りてきていないか。土台まるごと自然言語で、とりわけ音や文法や語彙のような氷山の一角を中心にコネコネして「人工言語作りました!」って、その言語本当に人工言語か?自然言語こねただけじゃね?目に見えない部分のシステムを解き明かして土台の部分から作らないと言語を作ったなんて言えないんじゃないか?アプリオリとかアポステリオリとか以前に、言語の土台の部分まるごと自然言語から無自覚にパクっといて「言語作りました!」って言っていいのか?既にできあがっているショートケーキの苺の位置をずらしただけで「私、ケーキを作りました!」つったら殴られるだろ?言語学自体がまだ言語の仕組みを解き明かしていないのだから、人工言語の土台部分に人はまだ手を加えられないんじゃないか。アルカ含め、あらゆる人工言語は苺の位置をずらしただけの言語ではないか。スポンジや各種レイヤーまで作るには、言語学を用いて人工言語学を立てた上で人工言語学に基づいて作らないとダメではないか。今の言語学ではまだ情報不足だ。

おそらく未来の翻訳技術は、「この書き手は何がいいたいのか」を考えた上で、文意を理解し、日本語→英語とか英語→日本語にするだろう。つまり人間がやるのと同じ要領だ。というか機械翻訳を満足にやるにはAIが「この人は何を言いたいのか」を理解しないとダメだ。そういうAIを作る過程で人の言語の本質とかを解き明かすかもしれないし、人が人を育てて言語を習得させるのと同じで、言語のシステムそのものを考えなくてもAIにコミュニケーションや読解をさせる方法を取るかもしれない。まぁ多分後者で、そしたら言語学はAI時代になってもまだ言語の本質を解き明かせないことになる。

いずれにせよ私は私が生きてる時代で構築できる人工言語学を今の言語学を元に組み上げねばならない。つまり、結論を言うと、「言語学から人工言語学を立てないといつまでもconlangingはショートケーキの苺の位置をずらすだけの作業でしかないということである。