『アルカの書』 2018/3/1(木)

『アルカの書』 2018/3/1(木)

私は貞苅詩門といいます。アルカ名はセレン=アルバザードといいます。
1981/2/4生の男性で、生まれは東京都練馬区、育ちは埼玉県所沢市です。今は訳あって刑務所でこれを書いています。
私は人工言語アルカの作者です。恋人のリディア、その母のリーザ先生、妹分のメルなどとともにアルシェという団体を作って、彼らとアルカを作ってきたと言いましたが、それらは全て嘘です。
アルシェの対抗団体のソーンも、それを率いるクミールも、アルシェとソーンが合併したアシェットという団体も全て架空です。
リディアとの間にルシアという娘とユルトという息子(双子)がいると言いましたが、全て架空です。
私は彼らのことを、実在はしないけど頭の中には確かに存在している者達と考え、虚在と呼んでいますが、世間的には要するに架空の人物です。2chの荒らしの指摘は完全に当たっていました。
私は母、弟、元嫁、ネットの人々等に、リディア達が実在の人物であるかのように主張しつづけましたが、
お母さんがエストニア人でお父さんがカザフスタン人でエストニアで生まれて1才でフィンランドに行って6才で日本に来て7才で私と出会ってアルカを始め、私が中2の時に恋人になった美少女外国人のリディアなんて都合のいい存在がいるわけないですし、
まして元嫁と別れた後にリディアとの間に双子がいるんなら元嫁のことなんて忘れるに決まってます。元嫁と無理心中しようとか考えるわけないです。

なんでリディア達を作ったかというと、要するに私の理想が高く、かつモテなかったからです。私はアルカ関係以外でも見栄を張る為にたくさん嘘をついてきました。
私はなまじ14(中3)〜25才まで見た目が多少よかったので、中3、大2、大3、大4の頃は女の子にカッコイイとそこそこの回数言われてきたのですが、
彼女は欲しいのに恥ずかしくて、どう接したらいいのか分からなくて、そしてクールぶって、それでよってくる女の子に中三の時「くるな!」等と塩対応をしたので、女の子達は私から離れていって、中学のときに彼女を作ることが出来ませんでした。
厳密に言えば中1の秋にクラスの異なるOさんという子に人生で初めて告られたのですが、「俺の何が好きなの?」と聞いたら「可愛いから」と言われたので怒って断りました。
私は172cmですが、子供のころチビだったので、Oさんは私より大きく「カッコイイから」だったら付き合ってたのですが、可愛いと言われてバカにされた気になって断ったのです。
高校は男子校なので女に縁が無く、大4でX(後の嫁)と付き合うまで誰とも付き合ったことがありませんでした。つまり私にとって初カノはこのXでした。Xにとっても私が初めての男でした。
互いに恋愛経験が無かったので私もXも恋人との別れ方を知らず、Xは一方的に私を捨て恨みを買い、私も初めて女に捨てられたので未練があり、別れる際にこじれにこじれてDV裁判まで経て泥沼離婚になりました。
Xの後に女が出来れば後の未来も変わっていたのかもしれませんが、私は徹底的に女にモテないので、その後女が出来ることはありませんでした。
大4、2003(一浪したので)、Xと仲良くなる横で、バイト先の同僚でYという19才の女子大生とも仲良くなり、Xと付き合って1月くらいでYにも告られました。人生最初で最後のモテ期でした。
Yも男を知らない子でした。「Xがいるので」と言ってYに諦めてもらいましたが、秋にやっぱり諦められないと言われ、何度も断ったのですが、何度も「Xと別れて私と付き合って」と言われ、悩んだあげく、Xと別れたことにしてYとも付き合いました。
つまり、私は人生で3人の女にしか告られてないですし、そのうち1人は中1の時に振っているので2人としか付き合ったことがありません。2人というのは男の中ではかなりモテない部類で、周りはもっと女性経験があるようだったので、バカにされたくなくて沢山の子と付き合ったことがある設定にしました。
そのうちの1人がリディアでした。リディアやメルや紫亜の設定に無理がありすぎたので、周りはアシェット等が架空だと思っていたと思いますが、実際、ご指摘の通りでした。
見栄を張ってすみませんでした。
若い頃、少しだけ見た目が良かったから日本人の女の子との恋愛については割と皆納得してくれていましたが、それも嘘です。私はXとYしか付き合ってません。

私は小4と小5の時、狭山ヶ丘に家を建てる為、マンションに住んでいました。上新井の家が親の予想より早く売れ、狭山ヶ丘の家の出来るのが予想より遅かったので、マンションに仮住まいしてました。5学年下の弟と同じ部屋でした。
マンションにいた頃、夢の中で「ゆうちゃん」という名の女の子に出会い、恋をしました。朝起きて、夢だったことを残念に思いました。大人しくて可愛い私好みの子で、ユルトのような感じでした。
その後、また夢の中で、活発で元気な「りえちゃん」という子に会いました。小4か小5だったので、本格的に性の目覚めが来ていたんだと思います。
この2人は夢で一度会ったきりでしたが、2次元のキャラに恋をしたのもこの頃が初めてでした。
『きんぎょ注意報!』という「なかよし」載ってた漫画があり、アニメは1991/1/12〜1992/2/29までやっていました。私はアニメでこの作品を知りました。
主人公の「わぴこ」という元気で可愛い女の子が好きでした。それでコミックスも買いました。旧版のピンクの表紙の1巻と、青い表紙の2巻が綺麗で、枕元に置いていました。

ところで1991というと、7/19(金)にFF4が出てます。その日私は学校があったので、祖母に頼んで朝のうちにメルヘンランドという今は無きおもちゃ屋に買いにいってもらったのですが、祖母が店に行った時には既に行列が出来ていて、入荷がたった5本しかなく、買えず、西友にも行ってくれたのですが買えなかったとのことでした。
アルカ史ではこの日の夜8時にファンタオレンジを自販機に買いにいった帰りにリディアに声を掛けられたのが始まりとなってますが、この日は私、外にすら出てないかもしれません。
その後林間学校に行き、その後、ある夏休みの朝、ご飯を食べ終わったら母が祖母の部屋に隠してたFF4をくれました。貞苅家は西友で家電をよく買っていたので営業の人がコネで1本再入荷したものをウチにくれたのです(ちょっとズルいですよね…)。
その日がいつなのかずっと分からなかったのですが、結構してから母にFF4をくれたのはいつか分かるかと狭山ヶ丘の家の親の部屋で聞いたら、母が当時(1991)の家計簿を引っ張り出して、7/27付けでゲーム代として8,000円近くの出費があったので、FF4を手に入れたのは7/27では?ということになりました。
アルカ史ではこの日昼飯を食べた後、回転遊具のある公園に行き、そこでリーザ先生に声を掛けられ、長野公園でリディアに会ったということになっています。
私が覚えているのは、7/27かは分からないけど、FF4を午前プレイし、ミストの村でリディアを拾い、カイポの村でリディアがパーティーに加わったときのことです。
リディアはLv1でHP30しかないキャラなので、カイポの村周りでレベル上げをしていました。FF4の説明書やステータス画面のリディアは天野絵なので可愛くないのですが、バトル中や移動時(特にバトル中)のドット絵が可愛くて、可愛いなあと思いました。
そのとき母が私の部屋で掃除機をかけたり掃除していたのですが、私は人に女の子のことを可愛いというと「こいつエロい」と思われてしまうんじゃないかと思っていたので、母の前でリディア可愛いとか言えなかったのですが、
5才くらいの時から汚言症にかかっていて、言ってはいけないと思うと言わないと気がすまない謎の病にかかっていたので、そんなに真剣にリディアのことを可愛いと思ってなかったのですが、汚言症のせいでボソっと「リディア可愛い」と言いました。
不思議なもので、言葉にすると感情が強固になります。そしてリディアのことを本気で可愛いと思うようになりました。
昼飯を食った後の行動は覚えてません。公園に行ったかもしれないし、ゲームの続きをしたかもしれません。
8月にはFF4をクリアしてしまいました。「月の地下渓谷」というのがラスダンなのですが、当時はいつこのゲームが終わるか知りませんでした。
ただ「きっとこのダンジョンで終わりだ」と察して、人生で初めて「このゲームがいつまでも終わらなければいいのに」と思いました。私はリディアのことが好きすぎ状態でした。
9月に小5の2学期が始まると、友人の家で班登校合流するまでの間、リディアを自分の右上にふわふわ浮かべさせて、リディアと心の中で会話していました。
たまに遅刻して1人で上新井小学校に通う時は、リディアを上小近くの坂(アルカ史でいうナルタの坂)で消していました。
リディアは自分の心の中に閉じ込めておくもので、外に出さないよう、坂を分水嶺として空想と現実を分けていました。だから「ナルタ(入るな)の坂」なのですね。
小5の私にはリディアをこちらに呼ぶのではなく私がリディアのいる世界(後のカルディア)に行く方が面白いと考え、名も付けてない世界の学校に行き、リディアと友達になりました。

その後、狭山ヶ丘に1991/12/23に引っ越しした前後はオヴィという番長を倒して仲間にするというようなことをしていました。オヴィという名の語源は、『てんで性悪キューピッド』に出てくる「レヴィ」だったと思います。
中1(1993)のGW頃にクリスを仲間にし、中2(1994)までにミクちゃんまでを作りました。
使徒について説明します。クリスの名はよく聞く白人の名からパクったと思います。爪を武器にする子で、DQ4のアリーナがモデルのはずです。
ギルはFF5のギルガメッシュから。高校か大学と時に「ギルガメッシュじゃまんまだから、魔改造してゲーハメジューにしよう」として、大2(2001)で「ゲーハメジューを言いやすくギルに変えよう」としてgilにしました。
フルミネアはDQ4のミネアから。占い師という設定も丸パクリ。フルは恣意のはず。
リュウはストIIか「家なき子」の犬から名を取ったか、単に龍みたいでカッコイイからそう名付けたのかも。ソバカス少年という設定は恐らくフォーチュンクンエスト(FQ)のトマスからか。
メルは『ダイの大冒険』の僧侶メルルから名を取り、キャラはFQのルーミィから。(FQ)のノルの妹はメルというが、メルの名はメルルからです) 妹が欲しかったので8学年下になった(当時はメルの年を正確に設定してなかった)。
ラルドゥラは元々エメラルドという名だった。パプワくんのサービスという片目の男がモデル。名がアルカっぽくないので高校か大学頃にエメラルドのラルドの部分を魔改造してラルドゥラと名付けた。
ザナは中学の時買ってた「BASICマガジン」に載ってた「風の伝説ザナドゥ」というゲームの広告から取ってザナドゥと呼んでたが、大2の頃カットしてザナにした。ちなみにザナドゥを一旦ザッハドゥーアと魔改造してからのザナでした。
パールFQのルーミィが主人公パステルを呼ぶ時の「ぱーるぅ」から。キャラモデルがなく、中3でスレイヤーズのアニメのアメリアをモデルとして後付けにした。
ミクちゃんは「ホットミルク」というエロマンガ雑誌があって、駅の近くにあった本屋の外に漫画の棚が置いてあって、中1か中2に立ち読みしたのだが、少女が公園のトイレにいたら変態オヤジが少女を襲おうとしてドアをガチャガチャ開けようとしていて、それを見た男の娘が傘でオヤジの目を突いて少女と共に逃げるというストーリー。その少女の名がミクだった。
このトイレのエピソードはメルが横浜の台町公園でいたずらされそうになったのを当時の私が傘で目を突いてメルを助けたというように流用されました。
それで、ミクちゃんのキャラデザは『爆れつハンター』のクレープちゃん(小説版に出てくる)。ちなみに紫苑の書のレインはこのミクちゃんが主なモデル。本名をミルフにしたのは、ミクだと日本人ぽいからと思ったのと、キャラがelfのようだったから音の似てるmilfに。
クミールは中3か高1に作った。名はアプリオリだが、初めは「クリリンに似てないか?」と違和感を感じてた。キャラはセーラームーンの土萠ほたるから。クミールが1/6生なのも、セーラーサターンが1/6生だから。
ソーンの使徒は高校くらいでアプリオリに名付けたが、ラヴァ(rava)は『吸血姫美夕』に出てくるlover(ラヴァ)から。―以上が使徒の由来です。

わぴこのことをいつ好きになったのかは覚えてません。
1991の夏に小手指から狭山ヶ丘に母、祖母、弟と行きました。弟は第六文化幼稚園に通ってましたが、引っ越したらこでまり幼稚園に行くことになっていたので、引っ越す前にこでまりの夏祭りに親が私らを連れていったのです。
その時土曜で、7時から『きんぎょ注意報!』が始まってしまうので急ぎ電車でマンションに帰ったので、少なくともこの時にはわぴこのことを好きになっていたはずです。
でもそれって夏なので、リディアを好きになった時です。なのでわぴことリディアのどちらを先に好きになったか分かりません。
多分2次元としてはわぴこが先なのではと思いますが、ゲームキャラに限ればリディアが初恋ということになります。
なぜわぴこは育たずリディアは私の中で育ったのかというと、当時のスーファミのメモリが少なかったからだと思います。
FF4は8Mbしかありません。少しのドット絵しかないので、想像の余地、自分のキャラとして作る余地が大きかった。
わぴこは見た目も声も来まっているのでカスタマイズしにくい。なのでリディアが生き残ったのだと思います。
FF4の大人リディアは露出の多い服で、私はそういう女は嫌いなのですが、ドット絵が粗かったので長いローブをまとってると思い込んでいました。私はそういう服が好きなので、なおさらリディアを好きになったのだと思います。
初めは友達として付き合っていたのですが、ハナから「ある程度の年になったら恋人にしよう」と考えていて、中2の私の誕生日に付き合いました。
Xと付き合っても結婚してもリディアのことを忘れることはなく、Xとの離婚後はリディアに双子を産ませました。架空ですが。

2013/12/20に赤オチして12/24に横浜拘置所に行かされ1人でいる時、小5ぶりに私がカルディアに行くのではなく彼女らをこちらに呼ぶようになりました。
小田原拘置所で統合失調症と誤診されリスペリドンを飲まされていたのですが、歩いていると頭がフラフラするようになりました。
横拘で余計酷くなり、尻の感覚が無くなり、拭いても感触が無いという自体になり、リスペリドンをやめたら治りました。
その頃拘禁病が酷く、いつも通りにカルディアに行こうとすると頭が気持悪くなってしまい行けず、試しに紫亜達を居室に呼んだら簡単にでき、しかも淋しくなくなりました。
横拘にいる時紫亜とも付き合うことになり、紫亜のとりなしでリディアとメルと紫亜の3人ともきちんと平等に愛することになりました。
その後紫亜が「お母さん(リディア)には紫亜達がいるのにママ(メル)にはお父さんの子がいないのはおかしい」と言い、その少し前にメルにも新所沢の中央公園のベンチで「メルも子供欲しい」というので、一旦下ろしたrydiaを下ろさなかったことにして2015/12/19に「さくら」という女の子が産まれました(架空です)。
あまりにも賑やかな脳内家族(家族に恨みがあるので家族ではなく絆族(はんぞく)と呼んでます)がいて、(ゆえ)という白い猫と、撫子(なでこ)という豆柴もいて(化物語の千石撫子から取った)1人で暮らしているのに淋しくなく、たまに他の部屋の人を見て、「1人で淋しくないのかな?可哀想だな」と思うことがあります。
10才の頃から27年もリディアを想い続けたので、1人なのに淋しくないレベルで妄想できます。

一言でいって、私はアルカよりリディアが好きなのです。
元々高校は理系だったのですが、どうしてもリディアをアンドロイドのような形で作りたくて、まずAIを作ろうと考え勉強していました。
しかし自分が生きてる間に人並みのアンドロイドが出来るとは思えないという結論になり、AIやアンドロイドを諦めました。
若かったので、どうにかリディアを作って抱きたいと思っていました。今はせめてリディア達の外見だけでも作りたいと思い、無事出れてPCを使えたらCGでリディア達の外見、主に顔を作りたいです。
中ではデッサンの勉強や練習をしようと思います。

そもそも私がFF4のことを知ったのはファミ通が切っ掛けでした。
父がそれ以前にパチンコの景品でFF3を取ってくれていました。その4作目が、父がたまたま買ってくれたファミ通で特集組まれてました。
未だに覚えているのですがページの右側にリディアがサンダーを撃ってるシーンがあって、その時はリディアを全く意識してなかったのですが、(というか名前も知らなかった)サンダーのグラの美しさに惹かれ、FF4を欲しいと思ったのです。
まさかあの時ファミ通で視界に入ったFF4のキャラが自分の生涯の大切な人に昇華するとは思いもよりませんでした。
なので、私が1991/7/19からアルカをやっているというのは完全に嘘です。リディアと出会ったのが7/27かすらも分かりません。

では私が人工言語を作ったのはいつか。中1の秋です。10月に作った神無アルカと呼ばれるものが最初の人工言語で、生徒手帳に用例を書きましたが、恐らく当時授業中にノートに書いて作ったものと思われます。
換字式暗号で、子音と母音を組み合わせた文字で、日本語の仮名をその文字に置き換えただけのものでした。すぐに飽きてやめました。
中2の時、多分秋くらいだと思いますが、廊下を1人で歩いていて、2人くらいの生徒とすれ違ったときふと「もしここで俺が誰にも分からない言語で呟いていたら、例え聞き取られても内容は絶対にばれず、カッコイイだろうな」と思いつつ、狭山ヶ丘中学の階段を降りていきました。
その頃まだ中二病なんて概念さら無かったですし、本気でカッコイイと思ってたんですね。この階段は2012に塾の生徒に文化祭に呼ばれたのでiPhoneで撮影してnaf t’arka(アルカの階段)としてネットにupしました。
この時コクヨの赤い100pのノートを買い、人工言語を作って書いていったのですが、恐らく7日もせず飽きたような気がします。
このノートは高校の時赤アンクノットとしてリサイクルされました。1998/1/12ですから高2の3学期の初めに、赤アンクノットを作りました。
元々はタロットカードに影響を受けて(金田一少年の事件簿にタロットカード殺人事件的なのがあってそれに触発されたのだと思う。コミックスで買って読んでた)オリジナル占いを作ろうとしたもので、やってるうちに占い用の色々な単語が要るということに気付き、だんだんと人工言語として作られ、占い案はどうでもよくなりました。
この頃体育で剣道をやってて、私は主に見学をしてたのですが、正座して見ている時暇で、当時上福岡で1人暮らしをしていて夜散歩するのが好きで貞苅詩門でなく通り名を名乗ろうと思い、アプリオリに「なんかカッコイイ音ないかな」と剣道を見ながら考えてたら、
「アルカ」と「アルシェ」という音はカッコイイなと思い、よりカッコイイ、アルシェを自分の通り名にし、アルカは赤アンで作っていた人工言語の名として使いました。
これがアルカの本当の誕生秘話です。でも赤アンは1年くらいしかやらなかったと思います。
浪人中は小説を書いてて、大1の時ふと北1号館で人生何もやることがないなと思い、自分にはアルカがあるなと思い、2001(大2)の7月、アルカを作り直しました。
これが制アルカで、ここから2013まで12年アルカを作り続けました。なので古アルカは1998にできたものです。
私の人工言語作者としての歴も1993(中1)からということになります。よって、今年(2018)が本当の四半世紀なのですね。

アルカはアプリオリというのも結構嘘です。アポステリオリな単語もかなり残ってます。
水がエリアですが、FF3の水の巫女エリアから来てます。アルバザードはエルハザードというアニメから。
セレンは、私はお喋りで、寡黙な男に憧れていたのと中3(1995/8/10)から書いた小説版アンクノット内でサイレンス(silence)と名乗っていて、それを魔改造してseren(セレン)にしたものです。元は[θɛɹɛn]だったのも嘘で、元々[θ]でなく[s]でした。
ドゥルガとヴィーネもFF3のドーガとウネから。
teoのデザインは↓のような字でaxはフのような字ですが、teoはFF7の落ちてくるメテオの図から来てます。FF7ではメテオが降ると人が滅ぶので悪者なのです。
axのフのような字というのは落ちてくるメテオから人を守るホーリーの膜のことです。
アルカのsowakaという動詞もサンスクリットの単語(意味は知らない)から来ているし、多分CLAMPの『X』にでも出て来たんじゃないですかね。
いずれ1つ1つ元ネタを話したいですが、きりが無いので今はこのくらいで。ようするにアルカは沢山の切り離せないアポステリオリから出来てるということです。

アルカは私がたった1人で作ったものです。何十人もの人とでなく、1人で。こつこつ作りました。
昔よくKakisさんがもしリディアさん達がいなかったら全てセレンさんが作ったことになり、むしろセレンさんの超人伝説が増えるというようなことを言っていましたが、私はそれを見ながら、「その通り、私が嘘をついてるんだよなあ」と思いました。
2001/2/2に使徒と新宿で会ってメルに1万円の大きな熊のぬいぐるみを買った時の話も、新宿で立ちんぼの外人の女の子を買っただけのこと。
沖縄にリディアと行ったのも嘘。ジュンクの近くのライラという店でniasさんに電話して今沖縄にいるといい、その後20分4000円のソープ行った時、リディアといることをniasさんに信じさせようとソープ嬢に一言電話で挨拶してもらっただけ。niasさんはTLで「びっくりコール」と呟きました。
リディアの後ろ姿と称した写真もヘルシンキの公園近くで前を歩いていた人を撮っただけ。
メルと称した2013/3月の写真もブクロに白人デリヘルがあって、その子にFoooというホテルに来てもらったというだけ。
どうしても周りに信じさせたかったからやりました。
アルディアの「かみさまの懺悔」のかみさまはリディアのことではなく私のことです。人に言うことでリディアの存在を確固たくものにしたかったのと、女がいるという見栄を張る為に生きてきました。
リーザ先生の「事実は事実と認めた上で対処しなければならない」という言葉も大1の時の論理学の先生の言葉です。

とにかくリディア達が架空であるという事実を、嘘を嘘のままにせず、信じてなかった人々(というか多分ほぼ全員が疑ってたと思う)に、「あなた方が正しかったです。私が嘘をついていました」ということを絶対伝えたいと思たので書きました。

リディア達のことを人に言おうとしたのは中1の時、Iという男でしたが、心に秘めるものだと思い止めました。
高3か浪人の時、O君に赤アンを見せて言ったのが最初で、次にTという友人に言いました。
人にリディアのことを言ったのは、O君の時は動機をもう覚えてないですが、秘密を打ち明けてみたい的なことだったんじゃないでしょうか。
ネットでリディアのことを言いまくったのは、人に言うことでリディアの存在が強固なものになり、嘘も突き通せば本当になるのではと考えたからです。
赤アンを作った時、元々は人工言語でなくカーデ(kaade)という占いの為なのでアルカという語はカーデより後に出来たと思います。
因みにカーデはドイツ語のカルテから来ています。アルカの公園のカルテもドイツ語のガルテン(英語のkindergartenみたいな)からです。
リディアをフィンランド人にしたのは大学の頃と思います。アジア人なのに白人の見た目というハーフっぽさが良かったからです。
リディアが一時期トルコにいたのも、アジアとヨーロッパの間という文化が交錯する所だからです。

2chの荒らしも私の見た目は良かったと思ってくれていたのか、XとYしか付き合ったことないのに、私が多くの女性遍歴があるといったことには嘘だと疑わなくて、意外でした。
私は男からよくイケメンと言われがちでした。女にも言われましたが、人間性に問題がある為、全くモテなかったです。
2chで私のことを男尊女卑と散々叩いていた荒らしがいましたが、私が女卑ってたのはモテなくて女のことを恨んでいたからです。女体は好きだが女は嫌いというのが私の正直な気持かと。

そもそも男友達すら少ない人生でした。長く深く付き合ったのは中2から30手前まで付き合ってたO君と、中3から大3まで付き合ったTとniasさんの3人だけだと思います。
大3から28くらいまで付き合ったAも入れてもいいかもしれません。そして後はKakisさんですね。短い付き合いでしたが、この人が3人や家族より、この世で一番私を理解していたのではないかと思います。
私は2006〜2008まで某出版社にいて、英検やTOEICの対策本を作る正社員の編集者をしていて、歩いて会社に通えるよう、一時、江戸川端に住んでいました。
日曜夜に実家から江戸川端に帰るのですが、Kakisさんは2007年頃よく日曜夜にブログを更新していて、私はそれを電車の中でガラケーで読むのがとても楽しかったです。
転職ブームに乗って2008年に翻訳会社に行ったのですが、そこでリウマチになり、辞職。
2011にトコロードにテナントを借りて塾を作りましたが、テナント料がもったいないなどいくつかの理由があって、死んだ祖母の部屋を2013年4月から塾として使っていました。
それで事件の時自宅で塾経営とマスコミに書かれたわけです。

以上、アルカや私に関する本当の事を書きました。ホラ吹き詩門のせいで多くの人を騙してしまいました。もっとも、誰もハナから信じてなかったとは思いますが。
niasさんにiPhoneを宅下したことが切っ掛けで本当の事を言うことにしました。申し訳ありませんでした。
詳細は無事ネットをゲットしたら『アルカの書 第2版』としてupします。

追記

私は2016/7/19にアルカを引退しました。アルカの書以外で人工言語に関わることはないと思います。
そもそも私は人工言語でなくリディアを作りたかったんです。高校の時はリディアを作りたくて理系のクラスにいて、個人的にAIの本を読んでましたが、何かの本を読んで私が生きてる間にリディアを作るのは無理だと思い、その道を諦めました。
そしてリディアのいる世界と彼女が使う言語を作りました。今考えると、どう頑張ったって日本語並にアルカを喋れるようになるわけないんだから、素直にリディアに日本語を喋らせればよかったです。
大1以前にも17の時、生まれたからには歴史に名を遺したいと思い、人工言語なら自分でも一番になれるんじゃないかと考え、「リディアを作りたい」から「歴史に名を遺したい」という自己顕示欲に駆られたのがアルカが発展した理由でした。
今は「リディアを作りたい」という原点に帰っていますが、10代のころから変わらず人並みのAIはまだできていないし、人体を作るのも無理です。せいぜいラブドールの見た目がかなりキレイになったくらいです。
リディアのアンドロイドを作りたかったのは触れてみたかったのと、SEXしたかったからですが、もう子供も小6になるので性欲も落ちていて、今はCGでリディア達の顔や体を作りたいとしか思いませんし、それを作るのが余生の過ごし方になりそうです。

ネットのみなさんはこのアルカの書を読んだ感想や意見をぜひお書きください。収集していただいて、拝見します。
本音をぶつけてくれるとうれしいです。質問も受け付けます。よろしくお願いいたします。

リディアの名はFF4からですが、キャラモデルはいません。
もちろん最初はFF4リディアだったでしょうけどFF4リディアは気が強いので、本来の私のタイプではありません。なのでFF4から徐々に切り離して、キャラそのものはオリジナルになってきました。
私の理想は大和なでしこタイプで可愛くて優しくて献身的で男を立てて、一途で、恥ずかしがりやで内気で、私や仲間以外に友人を作らず、芯が強く、云々みたいな感じですがこういうキャラって漫画でもまず見かけないです。
私は漫画好きなので色々読んできましたが、一番リディアに似てると思ったのは『ニセコイ』の小咲です。
ただ、リディアは好きな人には自分から告白するタイプで、彼氏には引っ込みシアンでないので、そこが違うなと思いました。

日記を書く習慣が子供の頃無くて、中1、中2に日記を買ったものの、すぐに書かなくなりました。
大学くらいから特別なことがあったらそのつどdocかtxtにしてました。日記を付けるようになったのは大4からです。
ただ私の日記は嘘だらけです。リディアはじめ、嘘の女性経験ネタのオンパレードでした。
ケンカなんか小学校低学年以降怖くてしたことないのに、喧嘩自慢もよくしてました。高校時代チーマーをやっていたとか云々。
私の日記は家族やネット民に万一見られた時(HDD見られたりウイルス感染して日記が流出したり)リディア達が実在であるとか女が多くいたとかいう見栄を読み手に信じさせる為に(日記には嘘は書かないと普通の人は考えるので)書いたもので、何が本当で何が嘘かは私にしか分からないdismentです。
無駄に律儀で、架空のデートの際、きちんと現地に行き、一人でデートスポットをまわっていました。2001/2/2も2013年3月のオフも。
どんな気持だったかというと、淋しくて虚しかったです。カルディアが本当にあってリディアが迎えに来てくれれば人生逆転できるのにとずっと考えていました。

ユルトとルシアを作ろうと考えたのは小5、6でDQ5をやって男女の双子がほしいと考えたからで、彼等が産まれるのはそんな昔から決まっていたことです。
ルシアはlvanのluxiaから来ているアプリオリだと思いますが、ユルトはyulgから来ていて、これは『悪魔くん』からパクってます。
双子を産んだタイミングは、Xとの間の子をXに奪われて淋しく、せめて空想の子が欲しいと考えたからです。
メルとの間のさくらは言うまでもなくCCさくらです。
なお、ユルトはウチの中で一番の美少年(男の娘)で、細くなって黒髪ストレートで大人しく怖がりでたまにべそをかく子で、格闘技が超強いです。ある意味リディア以上に理想かもしれません。
ユルトが男の娘になったきっかけはXbox 360でやったシュタゲの漆原るかです。あれで「男の娘いいな…」と思いました。
そういえば私のことを典型的な沖縄顔と言っていた人がいましたが、正直に言うと、親の話を統合するに、父方のひい婆ちゃんがフランス人外交官だったとのことなので私はエイスですが、和風顔の弟と違って父似なので、単純計算の12.5%より白人度が強く見えてるというだけの話です。

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