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人工言語学

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序文

論文

高度な作り方

参考文献

人工言語学研究会

メタファーの功罪

 メタファーを人工言語に適応する際、メリットとデメリットがある。
 メタファーを用いたコロケーションのメリットは、「より簡単な言葉の組み合わせでより複雑な表現を表せること」にある。例えば日本語では「話」という抽象名詞を「液体」という具体的な名詞に見立てる。「液体」に見立てるため、「話の流れ」のように「話」を「液体」と見立てたコロケーションが成立する。もしメタファーを用いなかったら「話の流れ」という表現はできず、「話の流れ」の「流れ」を表すために別途単語を宛てがうか作る必要がある。このようなことを各々の単語に施していたら語彙が無尽蔵に膨らんでしまう。メタファーのメリットは「見立て」を行うことで、より基本的な語との組み合わせで抽象的で複雑な表現を可能にすることである。どの自然言語も見立てやメタファーを駆使することによって悪戯に語彙数を増やさないようにし、学習効率を上げている。
 一方、メタファーを使うことのデメリットも存在する。母語が互いに異なる多くの人々で構成される集団でひとつの人工言語を使う場合、誤解が生じやすいという点である。自然言語は見立てを行うが、その見立てはどの言語によっても同じというわけではない。例えば松井(2010)によると日本語は「理解は区別するもの」という見立てを行うが、英語はその見立てを行わない。松井(2010)は「理解することは区別することである」という見立てに対し、「その語の意味が分かる」「分かりのいい男」「彼は物分かりが速い」「分別のある人」という例を挙げている。日本語では「理解することは区別すること」であるが、英語にはこの見立てがない。よって任意の人工言語において「理解することは区別すること」という見立てを施すと、ある母語話者には理解でき、ある母語話者には誤解を招くという事態が起きうる。このように、ある概念に対する見立ての可能性が複数あり、必ずしも普遍的でないということが、母語が互いに異なる多くの人々で構成される集団内での誤解を生みかねない。この誤解は話者間の意思疎通に齟齬をきたすため、メタファーを用いることのデメリットと言える。
 このように、メタファーには功罪がある。ではメタファーのデメリットを恐れてメタファーを使わないというのは賢明だろうか。否。現実的には、ある見立てが多くの言語間で共有されれば、その見立てを採用してメタファーを作ったほうがよい。その見立てを共有しない母語話者にはその人工言語が採用した見立てを習得してもらうことになる。例えばの話、28ヶ国の母語話者からなる集団がいたとして、そのうち26ヶ国の人間が同じ見立てを共有するなら、最大多数の幸福を優先し、その見立てを自己の人工言語に取り入れたほうが合理的である。もしそれをしなければ見立てが使えずメタファーが使えず、あるコロケーションを指すのに高度で抽象的な単語を宛てがうか新たな単語を造語する必要が出てきて、甚だ不便だからである。例えば「話」を「液体」に見立てない言語が少数あったとして、「話」を「液体」に見立てなかった場合、「話の流れ」というコロケーションを「流れ」という言葉を使わず別の単語で言い表さなければならない。それが既存の単語ならまだしも、既存の単語で表現できなければそのコロケーション用に新たに造語する必要が出てくる。これは甚だ言語設計および言語学習において非合理的である。もし多くの言語で「話」を「液体」に見立てるならば、少数の例外が仮にあったとしても「話」を「液体」に見立てて「話の流れ」というコロケーションを作るほうが合理的といえよう。

 ここで「話」を液体に見立てるかについて具体的に考察してみよう。日本語では「話の流れ」というように「液体」に見立てている。英語では南(2009)の言うとおりthe flow of a conversationと表現し、やはり「話」は「液体」に見立てられている。では韓国語ではどうか。韓国語では이야기의 흐름といい、直訳すると「話の流れ」であり、やはりここでも「話」は「液体」に見立てられている。フランス語ではle courant d'une conversationと言い、これもそのまま「話の流れ」であり、ここでも「話」は「液体」に見立てられている。中国語では「ロマン主義の流れ」を「浪漫主义的流派」と言い、「ロマン主義」という抽象的な概念が「液体」に見立てられている。
 「話」を「液体」に見立てるのは日本語だけの特徴でないことが観測されるため、人工言語においても「話」を「液体」に見立て、「話の流れ」のような表現をすることに一定の合理性があることが伺える。実際アルカで話の流れはekxom e kulといい、直訳は「話の流れ」である。
 ただし、多言語間で見立てが一致するとは限らないので、人工言語の単語に見立てを設定するのは慎重な調査が必要となる。ある見立てが他のあらゆる言語に当てはまるとは限らないため、見立てを定義してメタファーを定義する際は慎重になる必要がある。

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