14.mel.mir sidev  言語の会の発表した。本当につまらない論文だと思いながら書いた。そして大谷さんに今日言った  俺は今まで言語現象を説明できる規則を考えてから例外を説明するという流れの言語学ばかりやってきた  原因考察は楽しかったけど、『言語』を書いてその無意味さを悟った  言語は規則じゃない。ただの自己組織化による傾向にすぎない。そう分かったら今までのやり方が無意味に感じられた  だから俺はもう今までの発表をしない。俺は今までその考察力を買われてきたけど、あえてそれから降りる  そうしてこれから書くものは頭を使って書くことじゃなく、ただ調べてまとめるだけのもの。どんどん馬鹿になる仕事  それがいやだったけど、言語学に必要で、アルカに必要だと思った  だから今回の発表は俺にとっての転機  大谷さんや先生はどう見るだろうか  大谷さんに会ったので言った 「今日のは僕の4年間で一番つまらないものです」  そういったら大谷さんは驚いてから苦笑した 「何があったの」 「今日ので方向を変えようと思います」 「どうして」 「今までの研究に意味を見出せなくなりました」 「でも、今までは何らかの意味を見出していたんだろう?今まではそれで何ができていたの?」 「コンピュータが言語を解析するのに必要なデータは提供できました。でも、それは言語の本質じゃない…」  会話はそこまで。時間が来た  大谷さんと別れて5限が始まるまで待っていた。尾花君とかがいたので喋っていた  5限になった。竪谷さんも来た  東1−904に行ったら、人が多かった。竹内さんは10部で良いといっていたが、全然足りない  結局余計に5部刷った  竹内さんは何でこんなに今日は多いんだと驚いていた  院生の女の子たちが「がんばってね」と何度か声をかけてきたので、愛想良く返した    先生も来て、発表がはじまった。人が多くて隣の教室から椅子を持ってきた  発表は淡々と読み上げて進んだ。フランス語・ドイツ語・中国語・エスペラント・制アルカなどなど、全て発音して読み上げた  ストップが入らなかったので、読み上げたら1時間も残っていた  そこから議論タイム  色んな人が色んなことをいった  数学的表現では日本語は簡単だが、1ぴき、2ひきなどと助数詞の形が変わる点では難しい  韓国語はより簡単だ  アラビア語は日本語に似ているが、位が3桁だから日本語に翻訳するとき難しい  論文とは関係のないことまで色々出てきた    大谷さんが面白いことを言った 「10進数が合理的とは限らない。週は7進数だし、年は12進数だ。日本語は場合によって進数を使い分けている。重要なのはどのシーンにどの進数を使うかということだ」  その通りだと思う。10進数は勿論理想的な進数ではない。また、場合によって使い分けるというのも必要だろう  ただ、本論である数詞体系の言語ごとの複雑さの違いについてはあまり語られなかった  それは多分みんな認めていることなのだろう  そして結局言いたいことである「数詞体系という言語表現が人間の計算能力に影響を与えている」ということも皆認めていたのだろう    尚、俺が面白くないと思ってた論文は中々好評だった。内容が平易でしかも外国語が多いからのようだ  俺が言語を色々読むのを聞いていた女の子たちが凄いといっているのが聞こえた。しかも留学生  宴もたけなわといったところで、主催の竹内さんが急にこんなことを言い出した 「みんな気になってると思いつつ聞けないんだろうと思いますけど、あの…制定言語アルカについて聞いても良いですか」 「え…。は、はい」 「制アルカは日本語がベースですか?」 「いえ、違います。根本的にどこの言語でもありません。全く独自です」  ということを皮切りに、残り30分は全てアルカトークになった  驚いたことに竹内さんが言い出したら急にみんながアルカについて怒涛のごとく質問を投げかけてきた  俺はエスペラントの説明を平行させながら説明した  先生が「エスペラント母語話者はかわいそうですね」といったので俺は瞬時に「そんなことありません」といったら皆笑った  その場は笑って済ませたが、母語を可哀想なものにされることこそ無礼である    極めて色々な質問がされた。結局アルバシェルトまで語ることになった  アルバシェルトは誰が作ったということまで問い詰められたので「フィンランド人です」と答えた  それ以上に細かく聞いてくるので「でもその子は7歳でフィンランドを去ってますので、母語はなんともいえませんね」といった  まさかこんなところでリディアの身の上を話すことになるとはね  先生はアルカで何が作られているかと聞いてきた。俺は誇らしげに全てを語った  辞書、文学、翻訳物、独自の暦、独自の単位などなど。みんな驚いていた  アルカの文章だけで原稿用紙にすれば数千枚はありますよといったら大谷さんが「さすが小説家」といった    また、いかに人工言語を無から作るのが大変だったかという話もした  土の色、太陽の色、水の色、全て決める。虹の色の数も何もかも  土は雨が多いと土の中の金属が酸化して錆びて赤くなる。どこの気候に属しているかで何もかも変わる  そういったことを説明していたら、ただただ皆感心してくれていた  高校教師の丸山先生が「言語は感情を表わすけど、人工言語もそうですか」といってきた 「はい。アルカならではというのがありますね。たとえば"tu et alxe"といったとき、日本語にすれば「懐かしいね」といった感じですが、alxeは微妙にニュアンスが違います。けど、僕はそのalxeという言葉で感動したことが何度もあります。決して日本語の「懐かしい」に感じた気持ちではなく。そういうのって個々の言語ならではの味わいですけど、人工言語もそういったことが可能です。人工言語の醍醐味ですよね」といったら皆笑った  竹内さんが特にアルカを気に入ったが、同時に数人がアルカの資料と学習を求めてきた  俺は「作っているのは僕ですが、布教と普及は禁止されているので、一存では決められません」といった  先生が「普及は禁止なの」というので「はい、基本的に世襲制です。うちは内部恋愛が多いから」といった  またみんな笑った。他の授業にはない暖かい笑いだ  発表はそうして無事終わった。みんな満足げだった。先生は乗ってしまい、「じゃあこれからコンパをやろう」といいだした  だが、竹内さんが待ち合わせがあるというので止めた  結局、良い雰囲気だったということだ  次回は大谷さん。楽しみだ  平易な内容が却って好印象を得たのか。学習院の言語学は結局そこまでなのか  或いは単に俺はアルカに救われたのか。悩むところだ    外に出て、竪谷さんとエジプトのモーメンさんと丸山先生と歩きながら話していた  モーメンさんは「言語によって人は支配されてると私は思う」というので、丸山先生と俺が激しく同意した  竪谷さんは緊張してずっと黙っていたそうだ  2人と西5前で別れて竪谷さんが残った 「どうするの、これから」 「うん、帰るよ。何か緊張してたからどっと疲れが出てきたよ」 「そっか。俺は飲み会の気分だったからまあだエネルギー残ってるよ。…あー、そういえば時間ある?」 「うん、あるあるある」と急に忙しく答える彼女 「俺実はまだ話し足りてなくてさ、どっか喫茶店で話しない?」 「うん、いく」  で、そのままドトールへ。しかしドトールは混んでいるので学校へ戻った  西5で午後ティーを買った 「竪谷さんは何飲むの?」 「ううん、私はパンがあるから」 「いや…飲み物」 「大丈夫」 「でも、折角だからおごるよ」 「そんな、いいです…」 「うーん、実は俺、一人で飲むのってヤなんだよなぁ」 「あ…そっか」 「ね、俺と同じので良い?」 「うん」  というような感じで買って外に出た。西5の前は嫌だというので北1の前の芝生のあるところにいった  レンガの椅子に座って飲み始めた。夕日になっていて、無茶苦茶綺麗だった  本当は発表について話すはずだったのに、気付くと全然関係ない話ばかりしていた  なのに話は途切れないし気まずくもない。そこで気付いた。彼女はリディアとフゥシカに良く似てるんだということに  話し方がやけにリディアにそっくりだ。よくみれば振る舞いも似てる。だから居やすいんだと思った  そして雰囲気がフゥシカそっくりだ。なるほど、気楽なわけだ  だから正直にその気持ちを伝えた。フゥシカの妹に似ていて、俺とその妹は仲が悪いとか、なんで仲が悪いのかといえば俺が男に間違えたからでとか。あと、フゥシカがいかに変人かということや、俺が信頼していて彼には何でも報告するというようなことを話した  俺が人付き合いが苦手だといったら、「でも、いつもみんなに笑顔だよね」という 「それは嫌われたくないからだよ。本当は苦手。今だってこうやって君と目を合わせないようにしてるし」 「あ、それ、私も同じ」というと、眼鏡を外した。「眼鏡って視界が狭いから、偶にこうしないと目が悪くなっちゃうよね」といったが、それは明らかに俺が目線を意識しないで済むようにとの配慮。ああ、リディアっぽいなぁと思った。かなり良い子だと思った 「私、コンタクト持ってるんだけど、風で目が痛いから」 「貞苅君、最初私を長嶋先生の3限に誘ってくれたとき、にこにこしてたじゃない?凄く明るく人付き合い良さそうだった。でも、あれも演技だったの?」 「ん? うーん、俺は頭の良い人が好きなんだよ。だから頭良いと思ってる人には自然とああいう態度になるね。それ以外は演技だけど。3限の院生は結構好きだよ、だから」 「そっか」  ところでセレンという名前について聞かれた。メルとアランの名前も聞かれた。俺はシモンはクリスチャンネームだからアルティス教徒になる俺は使えないんだと話したら、「なるほど」といっていた 「メル、セレン、アラン…何かとってもいい響き。きれい」とも言っていた  色々話したよ。はじめはフゥシカの妹と同一視してたので苦手だったこと。向こうは俺を1年の飲み会で壁にぶつかって酔っ払ってたときから知っていたらしい。1年のときの学会で唯一発言したことも覚えていた。俺が「つい去年知った」といったらちょっと怒ってた。音声学の授業とかの話になって、「あの授業いたんだ」といったら「いたよー!」といって怒ってた  古事記と日本書紀の話になった。彼女はアマテラスがなぜ鏡の化身なのに鏡を見て驚いたのかということに矛盾を感じるといっていた。「そりゃ面白いな」というと、「こんなことを話せるのは貴方だけです」といって「ふふ」と笑っていた  彼女は一人っ子らしい。「全然家柄は良くないし、マンション住まいだよ」と言っていた  子供のときの話とかも色々していた 「私はまじめなの。要するに真面目ちゃん。だから学校の成績は良いよ。けど、頭良くないから。貴方は完全に天才タイプだよね。頭良くて」 「いや、俺はメルにコンプレックス感じてばかりだよ」 「駄目だよ、コンプレックス感じちゃ。でも、貴方が頭良いっていうくらいの人間は想像も付かないよ…」 「妹はね、ピラミッドでいうと本当に頂点にいると思う。俺はそのずっと下っ端。だからいつも馬鹿にされてる」 「なんか真面目にやらないと怒られるって思ったから、真面目にやってたの。そしたらそれが当たり前になっちゃった」  完全にリディアを思い出す台詞だったね。なんだか笑えてきた  結局、日も落ちてきたからレンガを去った。血洗いの池について触れたら「行く?」といってきたので「いこっか」といった  池は工事中で入れないと竪谷さんが言ってきたが、「大丈夫、シカトすれば」といって勝手に入っていった。小さな自然の階段を下りて いって、池に行った。誰もいなかった。橋の向こうにアジサイがあった 「アジサイは赤が良い、青が良い」と聞くと「青かな」という  何か植物の話題になって、「サクラが好きだった」といったら「私も」という 「今は桃かな。鮮やかなピンクがいいし、新緑がピンクに混じって出てくるときのコントラストがまた良い」といったら「あぁ、桃良いね ぇ。みたいなぁ」といっていた。サクラはseron、桃はdiaik。セレンとリディアだ。リディアを思い出した 「あと、秋は金木犀が良い。銀木犀もあるけど、金の方が良い」といったら「銀木犀なんてあるの?」という 「あぁ、竪谷さんの専門は上代だもんね。あの頃はないか。金木犀はタンケイと呼ばれる中国のもので、芳香があるし垣根としても使える から近代になってから好んで植えられたんだよ。だから、和歌には出ないよね」 「そっか、そうだね。でも、本当にそれで古文嫌いなの?」 「嫌いだよ。特に文学は。和歌はなんていうか、ものによっては好きだよ。小野小町の「おもいつつ ぬればやひとのみえつらむ ゆめとしりせばさめざらましを」なんかは大好きだしね」 「あぁ、共感する?」といって笑う。多分リディアのことを言っているんだろう。リディアのことは授業で話したから 「うん」と笑って答えた 「そっか。私はパッと挙げられるものがないなぁ」  そこから大伴とか道長の話になり、「このよをば」の歌に文法的ミスがあると竪谷さんが語ってた。そんな話をしていたら「古典苦手なんてウソじゃない」といってきたので「いや、それでも苦手だよ。古事記とかは大河原君が喋るから偶々知ってただけだし」といった    西門を出たところで信号が変わりそうになったので止まった 「まじめちゃんの竪谷さんに合わせて止まってみました」といったら笑って「いくらなんでもそこまで真面目じゃないよ」といった  で、目白駅の前で別れた 「今日は付き合せちゃって…もうすっかり遅くなっちゃったね。家、遠いのに」 「ううん、とっても楽しかったから。それに、まだ暗くなりきってないから」 「そっか。うん、じゃあ」 「うん、また、お話しようね」  そうして別れた。向こうは新宿から乗り継ぐらしい。俺は歩いてブクロまで  夕焼けが落ちて暗くなりかけていた。空を見たら綺麗な白い満月が昇っていた。思わず"virtes a lant tin"と言葉がもれる  結局話していたのは1時間半ほど  家に帰ってゆっくり風呂に入った  風呂から出て暫くして、「メール着てるかも」と思ってケータイを見たら「メールあり」と出ていた  みたら竪谷さんで、「今日はお話とかお茶とかありがとう」とか「月が白いね」とか書いてあった 「ああ、同じあの月を見てたんだ」と思った 「俺も今日は楽しかったよ、また付き合ってね  アルカで白い月はヴィルテス。最も神秘的な月。見れてラッキー」と送った  そうしたら「白い月いいよね。うん。そういうリアクションを待ってたの」と返ってきた。その言葉が一番印象的だった  なんというかね、発表は無事に終わったんで、気持ちが楽になったさ  あとね、要するに竪谷さんはリディアとフゥシカに似てるんだよね。そういう理由で付き合いやすい  しかし、あそこまで立ち居振る舞いがリディアに似ているのは初めて見た。かなり驚いている。自然と俺が惹かれるわけだ    リディアのことは前に話してるし、今日の授業でも話したけど、性格は喋っていない  だから真似できるはずもない。本当に根っから似ているんだなと思った