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人工言語学

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言語と知識と思考

 2013年1月7日放送の「Qさま」というクイズ番組で、上弦の月と下弦の月の画像を見せてどちらが上弦の月か当てさせるという問題があった。
 この問題は10問中9番目の問題で、つまり上から二番目に難しい問題とされる。
 だがこの問題を見た瞬間、筆者は「アルバザード人(アルカの母語話者)なら子供でも分かる。10問中2番目くらいでいい簡単な問題だ」と思った。
 この問題に三浦奈保子という東大卒の気象予報士が答えたが、外した。その女だけでなく、周りの人間もちらほら違いが分かっていなかったようだった。あまりの無知さに閉口したが、これを見て言語と知識と思考の関係について改めて考えさせられた。

 なぜアルバザード人ならすぐ分かるかというと、アルカでは上弦の月と下弦の月は単語レベルでduurgaとviineのように区別され、またアルバザード人には月を好むという文化があるからである。
 子供の頃から上弦の月と下弦の月は全く別のものとして認識されている。ところが日本人にとってはどちらも半月あるいは月でしかないのだ。
 もし日本語でも上弦の月と下弦の月が単語レベルで異なっていれば、このようなクイズは成り立たないか、子供向きになったろう。

 要するに何語を使っているかによって、どのような知識を身に付けているかが変わるわけである。
 もしアルカで育っていれば確実に子供の頃から上弦の月と下弦の月の違いを知識として身に付けている。
 それが日本の場合、東大卒の気象予報士ですら、月の基本的なことも分からないのだ。
 このように、言語によって身に付ける知識は異なる。

 同時に、この知識の差は思考の差にも繋がる。
 日本人は上弦の月を見ても下弦の月の月を見ても「月」か「半月」くらいにしか思わない。しかしアルバザード人は上弦の月と下弦の月を確実に区別する。
 つまり同じ物を見てもそれが何であるかと認識するかが異なるわけで、結果的に認識が異なるので、認識を土台としている思考も異なることになるわけである。

 そう、言語は思考に影響を与える。
 ということは人工言語もまた思考に影響を与えるということになる。
 人工言語を使うことによって自然言語では作り得ない思考の枠組みが出来上がる。
 それがアプリオリの自作言語だった場合、あなたは初めて自分の力で思考することができる。
 逆に言えば与えられた既成言語を使っているかぎり、あなたの思考はあなた以外の外力から開放されず、自由な思考、自由な精神を持つことはできない。人工言語を使用するメリットというのは自分自身の純粋な自由な思考を可能にすることでもある。

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