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人工言語学

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論文

高度な作り方

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全ての動詞を自他両用にするとどうなるか

 「自動詞と他動詞」を読んだ読者から以下のような提案があった。

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自他同形で両方アリが学習も運用も一番楽なんじゃないかな、という提案。

まず文脈で判断できるでしょ。英語で open や break が自動詞か他動詞か迷うことはないよね。戸や花瓶は自動詞の主語で他動詞の目的語なのは常識で決まるし。それでもどうしても自動詞か他動詞か明示したい場合はどうすれば良いか考えてみた。
むしろ自案を発表して意見を募りたかった。←

というわけで自他同形語の文法概略。
・目的語があれば他動詞、なければ自動詞。
・目的語は省略できる。その場合は文脈で自他を判断。
・目的語を省略し、それでも他動詞と明示したいときは形式目的語を立てる。
・自動詞を、目的語を省略した他動詞と明確に区別したい場合も自動詞文であることを表す虚辞としての形式目的語を立てる。

語彙
death 動詞 「死ぬ」「殺す」

He deathed her. 彼は彼女を殺した。
→目的語があるので他動詞。
He deathed. 彼は死んだ。
→目的語がないので自動詞。
He deathed one. 彼は殺した。
→誰を殺したのかはわからないが形式目的語 one があるので他動詞。
He deathed none. 彼は死んだ。 = He deathed.
→自動詞を表す虚辞の形式目的語 none がある。
He deathed no one. 彼は誰も殺さなかった。
→目的語があるので他動詞。その目的語が否定代名詞なだけ。虚辞の none と混同せぬよう注意。
He deathed oneself. 彼は自殺した。
→再帰代名詞を目的語とした他動詞。

ここで、one と none を CV のような短い語形にすれば運用上も殆ど煩わしくないはずで、他動詞を基底にした場合と比べて、die と kill oneself が区別できる利点もある。

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 確かにこの文法を取れば、どの例文もひとつの構文で示すことができる。
 動詞ごとに構文を変えずに済み、その上動詞の自他も単語別に覚えなくてよいように思える。
 ただこれらの例文がひとつの構文に見えているのは表層構造であって、深層構造や意味役割まで見ればかなり混沌としていることが分かる。

He deathed her. 彼は彼女を殺した。(Agent Verb Object)
→目的語があるので他動詞。
He deathed. 彼は死んだ。(Patient Verb)
→目的語がないので自動詞。
He deathed one. 彼は殺した。(Agent Verb Object)
→誰を殺したのかはわからないが形式目的語 one があるので他動詞。
He deathed none. 彼は死んだ。 = He deathed.(Patient or Object Verb Cause or Agent)
→自動詞を表す虚辞の形式目的語 none がある。
He deathed no one. 彼は誰も殺さなかった。(Agent Verb Object)
→目的語があるので他動詞。その目的語が否定代名詞なだけ。虚辞の none と混同せぬよう注意。
He deathed oneself. 彼は自殺した。(Agent Verb Obejct (Reflexive))
→再帰代名詞を目的語とした他動詞。

 上から抽出すると、ひとつの表層構造で以下の4つの深層構造を表していることが分かる。

Agent Verb Object
Patient Verb
Patient or Object Verb Cause or Agent
Agent Verb Obejct (Reflexive)

 ひとつの表層構造で4種の深層構造を表すので、どの深層構造を持っているのか解釈する際、文脈や常識を要する。
 特にAgent Verb ObjectはPatient or Object Verb Cause or Agentとほぼ逆の深層構造をしているため、これらを同じひとつの表層構造で表現すると、解釈に更に文脈や常識を要求する。

 表層構造が整っているのは一見文を組み立て易いように思えるが、深層構造が不揃いになっていることを考えると、必ずしも学習効率や運用効率がいいかどうかは分からない。
 逆に深層構造がそのまま表層構造と一致している言語のほうが解釈(いわば深層構造・表層構造間のデコーディング)に労力がかからない分、運用効率が上がるのではないかという可能性も考えられる。


追記。
以下ユーザーによる補遺。

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論点は「表層構造と深層構造の対応」と「効率」の二つかな。加えて、以前から再帰動詞については思うところがあったのでこの機会に述べたい。最後に自他同形語のより良い姿を再提出する。

表層構造一つに深層構造四つと説明されていたが私はどちらも二つのつもりだった。表層構造は SV と SVO の二つ。SV は当然自動詞文なので Patient Verb ということになる。一応、他動詞文の目的語を略したものも同じ形になるが、不完全なものまで文法が世話を焼く必要はないと思うので、SV = Patient Verb の一通りと考える。次に SVO はAgent Verb Object と Patient Verb の二通りと考えていた。再帰代名詞を用いる文も他動詞文の一種と考えるので Agent Verb Object (Reflexive) は一つとは数えない。自動詞文を表す形式目的語は記号に過ぎないので Cause や Agent のような意味を見出すことはできず深層構造としては虚辞 (Expletive) とみなすのが適当だろう。ということで、表層と深層の関係はつぎのようにまとめられる。

1 SV
1a Patient Verb

2 SVO
2a Agent Verb Object
2a' Agent Verb Object (Reflexive) = 2a
2b Patient Verb Expletive = 1a

2b の形式目的語は SVO 語順ならば動詞と一体化して接尾辞に、SOV 語順ならば主語と一体化して格語尾に発展する可能性のあるもの。当然、2b 文の Expletive の位置に来ることができる語は一つだけ、先の例文では none だけということになるので、Cause や Agent を考える必要はない。

次に効率だが、学習効率は非常に良く、運用効率も控え目に評価しても悪くないと思う。覚えることとしてはシニフィエの量を減らすわけにはいかないがシニフィアンが減るので楽になるはず。運用は英語の open や break の例があるので現実的に許容できるはず。自動詞文で SVO の形になるのは虚辞を用いた場合だけで、Patitent or Object Verb Cause or Agent という深層構造はあり得ないので、解釈で特別労力を要することもない。

さて、再帰動詞。以前から再帰表現を自動詞と同等に扱うことには違和感があった……のだが、そろそろ寝なければならないので続きはまた明日。アルカの set, vort, latyur を見れば再帰代名詞や繋詞で自動詞を表すという決まりが通用しないことがわかるので、この点もからめて論じたい。


昨日の続き。今朝からノドが痛くてアレだけど気付かないフリw

正直に言うと私は再帰表現がどうもしっくりこない。日本語の母語話者だからだと思う。なので自言語に取り入れようとは思わない。しかしそれはそれ、これはこれ、ということで自動詞と他動詞を区別する効率の良い方法を探る目的で再帰表現について、形態論と意味論から極力公平に考えてみる。効率は学習、発語、理解に分ける。この場合の発語とは口頭にせよ筆記にせよ言葉を発することを指す。

まず形態論に限って述べると、再帰表現の学習効率は最高だと思う。これは疑いない。運用では、発語は再帰代名詞が短ければ無害、長ければ煩雑ということになろう。フランス語の場合はエリジオンすれば音節は増えず、エリジオンしない場合も無アクセントの一音節、開音節のものばかりなのでほぼ無害。ロシア語のся動詞も同様。アルカの nos も閉音節ではあるものの省略することもできやはりほぼ無害。ところが英語の oneself になると二音節なので少々煩わしい。理解のためには再帰代名詞は目立つマーカーとして役立つのでむしろ有利だと思う。

こう考えると再帰表現は効率の良い上手い方法のようだが、意味と汎用性を考えると不利な部分もあると思う。意味では、ある他動詞の再帰表現と、その 他動詞に対応する自動詞が等価になることは少ないので私のように抵抗を感じる人もいる。また、kill oneself と die が等価ではないということは、自殺と自然死を区別するには再帰表現だけでは苦しいということになる。アルカでも set と set nos だけでは足りず、運用効率を考えてか set, vort, latyur の三形態がある。幻日辞典で "set nos" を検索しても何も見付からなかったが、自然な感覚では set の自動詞が vort で set nos が latyur と等価だと思う。ところが vort も latyur も他動詞ということになっているので、では vort nos や latyur nos はどういう意味かと考えるとわけがわからなくなる。アルカは他動詞しかなく自他を覚える必要がないということなので楽そうだが、実は nos 化できるものとできないものを覚えなければならず、決して楽はさせてもらえない。結局、アルカに限らず、他動詞の再帰表現を自動詞の代わりにするという方法は、形態が覚えやすいことと再帰代名詞がマーカーとして理解の助けになることは有利だが、大幅に効率化できるというわけではないように思う。

次に自他同形語の再考案だが、目的語の有無だけで自他を区別しようとすると、動名詞や分詞で不都合が起こるような気がするので更に検討を要する。先の例では deathing が「殺すこと」なのか「死ぬこと」なのか区別できない。能動分詞でも同様。ならば他動名詞と自動名詞、他動分詞と自動分詞を分ければ良いことになる。文法事項が一つ増えてしまうが、頻度を考えると本動詞としての自他の区別を減らし、代わりに分詞の種類を増やす方が、少しは効率が良いのではないかと想像する。結局はアプラウトで自他を区別するやり方が一番効率が良いように思えてきた。しかし乗りかかった船ということで、自他同形語の文法をもう少し考えてみようと思うけど、くしゃみも出てきたので葛根湯を飲んで休むことにする。続きはまた明日。


続き。今回で完結。

自他同形語の学習・運用効率に関する考察。

本動詞
孤立語では統語で自他が区別できる。
二項あれば他動詞、一項なら自動詞。
屈折語や膠着語では項の格からでも判断できる。
主格対格言語では対格があれば他動詞、なければ自動詞。
能格絶対格言語では能格があれば他動詞、なければ自動詞。
学習効率は最高、発語と理解は孤立語でやや劣るが屈折語や膠着語では良好。

準動詞
準動詞でも項に頼って自他を判断することはできるが冗長になるので避けたい。
e.g.
deathing [自] 死ぬこと、deathing one [他] 殺すこと
deathing man [自] 死にかけている人、man deathing one [他] 殺している人
代替案として自動詞と他動詞で異なる語形を用意する。
自動名詞 deathing 死ぬこと
他動名詞 deathend 殺すこと
自動不完了分詞 deathing man 死にかけている人
他動不完了分詞 deathend man 殺している人
自動完了分詞 deathed man 死んだ人
他動完了分詞 deathen man 殺した人
受動分詞 gedeathen man 殺された人
準動詞の数は英語のように -ing と -ed しかない言語もあれば古典語のように各時相に別々の語形があるものもある。一例として上記七種五形態を用意したい場合、自他同形だと不定形一つに準動詞五形態で覚える形態は六つ。自他別形では不定形二種と不完了分詞、完了分詞、受動分詞の三種で覚える形態は五つ。こう考えると負担は同じようだが、自他同形語では接辞のみで機能を判断するが、自他別形語では語幹と接辞の組み合わせで機能を判断することになる。どちらが便利かは甲乙付け難いが、準動詞の種類が増えれば自他同形語の方が負担は増すような気がする。

命令法
逼迫した状況では他動詞でも目的語を省略する場合が考えられるが、その場合は自他同形では区別しようがないので文脈に頼るしかない。
Death! だと文脈に頼らなければ「死ね」なのか「殺せ」なのかわからない。

以上から、本動詞だけを考えるなら自他同形でも問題はなく、自他別形よりも有利な可能性があるが、準動詞まで考慮すると自他同形の方が明らかに有利という状況は考えにくく、命令法になると自他別形にした方が良さそうである。

意味論
ある他動詞に対応する自動詞や、ある自動詞に対応する他動詞が、どのような語でも唯一通りに定まるか、対応するものがない場合は自他同形でも別段問題はない。しかし対応するものが二つ以上ある場合は自他同形では区別することができない。
「紹介する」という他動詞に対応する自動詞は「自己紹介する」であり、他動詞の目的語となる再帰代名詞を抱合して自動詞ができている。同様に考えると「殺す」に対応する自動詞は「自殺する」があるが、それだと「死ぬ」と競合することになる。更にアルカでは latyur の他動詞としての語義は「自殺させる」で使役の意味になり、vort の他動詞としての目的語は、それを主語にして受動態に書き換えることができるのか疑問であり、実際に vortat yu で用例検索したが一件も見付からなかった。英語の enter は他動詞で、その目的語を主語にして受動文に書き換えることもできるが、しかし enter に対応する自動詞はないように思う。
このように考えると自動詞と他動詞の関係は形態よりも意味の方が複雑であり、自他同形にしたところで、個々に自動詞、他動詞としての意味を、場合によってはどちらか一方を欠くことを覚えねばならず、語形を記憶する負担など些細なことと思えてくる。むしろ積極的に自他別形にして、形態から再帰や使役の意味がわかるようにした方が学習、運用とも効率が良いと考える。

以上。

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以下、筆者の感想。

統語論的には問題ないが、意味論的には微妙ということですね。
納得です。

アルカは全てが他動詞だけど、対格の深層格が対象だったり様態だったり場所だったりと様々で、そこを覚える労力があります。
深層構造をそのまま表層構造にすれば論理的にはなりますが、そういう設計だと表層構造がたいてい冗長になるので、アルカでは避けています。
この辺りの問題は難しいですね。

おいおい記事を書き換える必要があるように思います。
ありがとうございました。

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