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ペアとなる概念における形態素の順序はどう決まるか

 ペアとなる概念における形態素の順序はどう決まるか。ペアになる概念とは例えば「上と下」「前と後ろ」「男と女」などのことである。
 日本語では上下、前後、男女など、形態素がくっついて合成語になる。こういう合成語を作る言語では、ペアとなる概念のどちらを先に持ってくるかが問題になる。

 実はこの問題は案外重要で、英語だとladies and gentlemenのように女が先なのに、日本語だと紳士淑女というように男が先になるので、言語によって順序を覚えなければならない。
 また、こういった問題は言語学習の領域を越えて、「なぜ男女という言葉は男が先なのか。女性差別ではないか」というような言葉狩りまでもを招く。
 実際のところ、日本語の「男女」に関して言えば、昔の日本の男尊女卑が原因でこうなっているわけではない。

 日本語の場合、こういう合成語はたいていが漢語で、その由来を中国語に求めることができる。
 そして中国語では上下、前後、男女など、形態素の順序は形態素の意味より声調に依存することがある。
 中国語には1声から4声まで4つの声調があり、ペアとなる概念を並べて合成語を作るときは声調の若い順に並べるという傾向がある。
 例えば「前后(前後)」はqian2hou4と読み、声調の順に並んでいる。「左右」も同様で、zuo3you4と読み、これも声調の順に並んでいる。別に左のほうが右より偉いわけではない。単に声調の問題である。
 同じく「男女」はnan2nü3であり、これも声調の順に並んでいる。「左右」と同じく「男女」も声調の順に並んでいるわけであって、決して男尊女卑が背景にあるわけではない。
 また、日本語で「白黒」というのに中国語で「黑白」というのもhei1bai2という声調順に並んでいるからである。このように、声調は形態素の順序に関与している。

 ただこの傾向はあくまで傾向であって法則ではない。というのも、例えば「大小」はda4xiao3であり、声調の順に並んでいない。これは大きいほうが小さいほうより目立つ分優先されて先に来ているものと考えられる。
 「上下」も同様で、これはshang4xia4と読む。これはふたつの形態素の声調が同じなため、意味的に優先されるほうが先に来ている。原理的に「大小」と同じだろう。

 こういう例外を見ると、「声調よりも意味的に優先されるものが先に来る」と考えがちだが、現実はそう単純でない。
 「正負」はzheng4fu4で、「上下」と同じくどちらの形態素の声調も同じなので、意味的に優先されるほうが先に来ている。人間はふつうプラス・マイナスの順で並べるだろうから、この順序自体に違和感はない。
 確かに「大小」や「上下」や「正負」の例を見ると、声調でなく意味で順序が決まっているようにも見える。
 では「陰陽」はどうだろう。陽はプラスで陰はマイナスの側だが、それなら「正負」と同じく「陽陰」になるはずではないか。しかしそうなっていないのは、陰陽がyin1yang2と読まれ、声調の順に並んでいるからである。
 このように、意味的に優先されると思われるものが先に来るとは限らず、声調が重要なファクターとなる場合がある。

 ちなみに声調はアクセントやイントネーションと近い分野の概念だが、英語のladies and gentlemenも実はレディーファーストでこの順序になっているわけではなく、アクセントやイントネーションが理由でこの語順になっているのである。
 英語の場合、A and Bになるときは音節の長い語を後ろに置くという傾向がある。ladiesは2音節でgentlemenは3音節なのでこうなっているだけである。これも結局中国語の声調のように、音調の問題にすぎないのである。
 そもそも英語などの欧米語が別にレディーファーストによるものでないのは、boys and girlsを考えればすぐに分かることだろう。

 さて、ペアになる概念における形態素の順序は音調や意味だけによって決まるのだろうか。
 そうではない。
 実は文化というのも重要なキーワードになってくる。

 日本語では方角のことを「東西南北」というが、中国語では「东南西北」である。この違いはどこから来るのだろう。
 日本語のほうはまだ「東西」と「南北」で対になっているのである程度理解できる。だが「东南西北」はなんの対にもなっていない。
 声調は関与していない。というのも、「东南西北」のピンインはdong1nan2xi1bei3であり、声調の順序が無茶苦茶だからである。
 なぜ中国語はこんな不思議な並び方をしているのだろうか。

 もしこれが言語的な理由でなく文化的な理由で決まっていると言ったら信じられるだろうか。意外かもしれないが、実はそうなのである。
 中国には五行説という考え方がある。万物は木火土金水からなるという思想である。
 この木火土金水は東洋医学において人間の臓腑に対応しており、臓では肝、心、脾、肺、腎に、腑では胆、小腸、胃、大腸、膀胱にそれぞれ当たる。なお、東洋医学の専門的な話になるので、ここでは心包と三焦は除いておく。
 木火土金水は臓腑のほかに季節や方角や色にも対応している。季節では春、夏、土用、秋、冬に当たる。方角では東、南、中央、西、北に当たる。色では青、赤、黄、白、黒に当たる。
 中国は北半球にあるので、北に行くほど寒く、南に行くほど暑い。なので南が夏だったり赤だったりするのは理解しやすい。北が冬で黒なのも頷ける。

 勘の良い人は気付いたかもしれないが、有名な四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)はここから来ている。
 青龍は青なので東に座し、朱雀は朱が赤を指すので南に座し、白虎は白なので西に座し、玄武は玄が黒なので北に座す。
 玄が黒というのは、玄人を「くろうと」と読むことからも分かるだろう。あれは筆者の古い記憶によれば、糸巻きに巻いた糸を指す象形文字である。昔の糸は不純物が多いので、糸巻きにぐるぐる巻きにすると不純物のせいで黒みがかって見えた。だから黒を指すようになったのである。茶色っぽい玄米に「玄」の字が使われているのも同じ理由である。
 ちなみに青春、朱夏、白秋、玄冬という言葉もこの五行説から来ている。一般人は青春しか知らず、せいぜい「北原白秋」繋がりで白秋を知っている程度だろうが、朱夏、玄冬という言葉もあるので覚えておくといい。

 ところで五行説なのに四神となるとひとつ足りないように思える。
 その通り。実は中央には黄竜という神が座す。
 五行説の五色を思い出してほしい。中央は黄だったろう。黄竜はそこから来ている。

 ここまで述べれば自明だろう。中国語の东南西北という言葉の形態素の順序は声調でも意味でもなく、五行説という文化から来ているのである。
 木火土金水は東、南、中央、西、北に対応した。中央を除くと四方は东南西北の順になる。
 そう、东南西北という単語の形態素の順序は、五行説から来ていたのである。
 このことは文化が言語に影響を与える好例となろう。
 余談だが、筆者はこの記事で述べた知識程度のことは、6歳ごろには既に父親に与えられた辞典や百科事典の読み込みによって得ていた。今同じ6歳の娘が貪欲に知識を得ているのを見ていると、当時の自分を思い出して感慨深い。しかも彼女の愛読書が筆者の著書や辞典やサイトであるということがさらに嬉しい。

 さて、このように、ペアとなる概念における形態素の順序は音調、意味、文化などによって定まるということが分かった。
 あなたが人工言語を作る際もペアとなる概念を合成語で作るときは、上で見たように音調や意味や文化などによって定めるべきである。
 仮にあなたの人工言語が英語のように合成語を作らないタイプだったとしても、ledies and gentlemenのように句として並べたときの順序を設定しなければならないので、結局この順序問題から逃げることはできない。
 ペアとなる概念についてはどの順序で並べるかひとつひとつ辞書に書いておく必要があるし、その作業がまだだとしても、作者であるあなた自身は各概念の順序を把握しておいて、いずれは辞書に記載する必要がある。

 では人工言語における実例を見てみよう。
 まずはエスペラント。2013/05/11の時点で"knabo kaj knabino"(少年少女)をグーグル検索すると、193,000件であった。逆の"knabino kaj knabo"はわずか3,450件であったから、エスペラントは「少年少女」の語順になると分かる。
 同様に"sinjoro kaj sinjorino"(紳士淑女)は230,000件であったが、"sinjorino kaj sinjoro"は3,560件であったから、エスペラントは「紳士淑女」の語順になると分かる。英語と逆である。
 エスペラントの場合、男性形が無標で女性形が-in-を使う有標であるから、無標・有標の順で並んでいる。こういう無標と有標の対立がある概念を並べるときは分かりやすい。わざわざザメンホフも辞書に書く必要がなかったろう。もっとも、この言語の場合はフェミニストの「男尊女卑!」という謗りを免れないが、それはエスペラントのできた時代を反映してのことと思われる。

 「陰陽」については英語は中国語をそのまま音訳してyinyangとしている。
 エスペラントも同じで、これを機械的に名詞化してjino kaj jangoとしている。
 つまり翻訳元の言語の形態素の順序をそのまま踏襲している。こういうパターンもあるのである。

 一方アルカについてはどうか。制アルカの時代はn対語という造語システムがあった。n対語についてはここでは細かく説明しないが、a>i>o>eの順番でペアとなる概念の順序が決まっていた。例えば男女ならfan(女)、fin(男)の順番で並んでいたし、春夏秋冬ならketa(春)、keti(夏)、keto(秋)、kete(冬)の順番で並んでいた。最後の母音を規則的にa>i>o>eの順序で変化させることで、ペアとなる概念を造語していた。
 このn対語のシステムを採用していたときは語形を見ればどの順序で並べるべきか一目瞭然であった。色についてもhar(赤)、hir(青)、hor(緑)、her(黄)というn対語でできていたので、色の並び順はこのとおりであった。

 ところが新生アルカになってn対語を使わなくなると、ペアとなる概念の順序が語形で判断できなくなった。
 では新生アルカで順序はどう定まっているのかというと、結局新生アルカは制アルカの後継品なので、制アルカでの順序がそのまま使われている。つまりmin o vik(女と男)や、har, soret, diia, imel(赤青緑黄)といった語順である。
 古参ユーザーは古アルカの時代から制アルカを経て新生アルカを使用しているため、いちいち辞書に記載しなくても順序を把握しているため、ペアとなる概念の順序は積極的に辞書に登録されてこなかった。

 ただ、エスペラントにせよアルカにせよ、人工言語においてもペアとなる概念の順序は作者あるいはユーザーによって明示的ないし慣例的に定められているので、あなたも人工言語を作るならこの問題を避けることはできない。

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