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人工言語の作り方

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初級編

序文

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言語の作り方

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続・人工言語

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高度な作り方

回顧録

付録

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人工言語学研究会

商業作品と人工言語――よくできた言語ほど採用されないという逆説

人工言語の中で商業作品と最も相性がいいのは芸術言語です。その商品の世界観を演出するのに向いているからです。
エスペラントほど有名なら国際補助語でも採用されることがありますが、ふつうは芸術言語のほうが採用されやすいです。

言語が広まる要素は経済力や軍事力です。企業は個人より経済力があります。
そこでゲームや小説といったコンテンツの中に芸術言語を登場させれば、その強大な宣伝能力であっという間に名を広めることができます。
アルトネリコというゲームで使われたヒュムノスやファイナルファンタジーで使われたアルベド語などがそうです。

これらは幻日辞典のような詳細な辞書もありませんし、言語学専攻の人間がアプリオリでゼロから自然言語レベルにまで昇華させたわけでもない粗製乱造な言語です。
人工言語の作り込みとしては甘いのですが、企業が持つコンテンツの宣伝能力によって有名になりました。

商業作品では制作期間がそのまま人月費に反映されるので、人工言語制作に長い時間をかけるわけにはいきません。よって粗製乱造な芸術言語となります。
ゲーム会社の制作者はふつう言語学の専攻ではないし、人工言語の知識も経験もなく、何十年も言語制作に時間をかけられません。
企業というのはただお金を持っているだけの素人です。アルカに比べて粗製乱造になるのは致し方ないことでしょう。

では餅は餅屋ということで、言語に関してはアルカのようなよく作られた言語を借りてくれば良いという考えがあります。
ところがアルカほど細かく作り込まれていると文化や風土と言語が不可分になるため、異世界カルディア内での使用が前提となります。
企業はコンテンツに独自の世界観を与えますから、カルディアを受け入れるわけにはいきません。
そこで、よく作り込まれた人工言語ほどかえって商業作品には採用されにくいという逆説的な事態が起こります。実際アルカをやっていてこのパターンがよくありました。

もし商業作品に使ってほしいのであれば、どんなゲームやアニメの世界観にでも適応できるような「細かすぎない」設定を持った粗雑な言語を作ったほうがいいのです。
そのほうが結果的に企業に採用してもらいやすくなり、宣伝してもらいやすくなります。ただ、それで名を広めたところで、人工言語的に見て粗製乱造だという非難は避けられませんが。

一般人は人工言語に作り込みなど求めていません。日本語でない異世界らしい雰囲気を何となく感じれば十分なのです。ですから出来の悪い人工言語で十分なわけです。
商業作品はより多くの一般人に買ってもらう必要があるため、娯楽性を追求します。『紫苑の書』のように言語習得から始めるようではとても大衆受けしません。

要するに、よくできた言語ほど日の目を見ないということです。頑張れば頑張るほど世間から遠ざかっていくのです。まあ元来、学問というものはそういうものです。
芸術言語は学問と芸術と娯楽の狭間にいます。学問性が強いほど大衆受けはしません。よって企業からも声がかかりません。

そこでアルカのようによく作り込まれた言語では、結局制作者サイドが自分でコンテンツを作る必要があります。
現在は90年代に比べて個人でも様々なコンテンツが作れます。音楽などに至っては個人制作のほうがプロの作品を凌駕することも珍しくありません。
マンガや小説も同人のほうが面白い場合があるということが平気で起こっています。

まだゲームやアニメや3DCGなどでは企業が有利ですが、これは制作に費用と期間がかかりすぎるからにすぎません。
あと何十年か経てば、個人で今より簡単に作れるようになっているでしょう。そしてその頃には企業と個人の溝は縮まっていると思います。
90年代式の上意下達な売り方はこれからどんどん通用しなくなります。P2Pや動画サイトの登場により音楽では一足早く企業と個人の垣根が崩れました。企業が一方的に流行を押し付けようとしても、もう無理です。
これと同じことが、電子書籍の普及により徐々に小説やマンガにも波及していくことでしょう。これは数十年以内に確実に起こります。

ゲームやアニメなども同様です。
MMDのような3Dモデルが2Dのセル画並みのクオリティになれば、一々2Dでパラパラ漫画を作らずに済みます。モデル一体を作ればいくらでもキャラを動かせるので、アニメ制作費は安くなります。
声優についてもボーカロイドやボイスロイドの発展、ネット声優の隆盛により、個人でも声を調達しやすくなります。
つまり個人でもアニメ制作が簡単にできるようになるということです。2012年現在のような配信者側の上意下達な流行作りは徐々にできなくなっていきます。

ゲームもツールやパソコンの発達によって、個人でも制作しやすくなります。要するに未来は企業ではなく個人の時代なのです。商業と同人の溝は年々埋まっていきます。
そうなれば、よく作り込まれた商業的に不利な人工言語にも芽が出てきます。自分たちでアルカのコンテンツを作れる時代が来るのです。
我々は常に20年先のことを考えて作業をしなければなりません。未来は私たちに有利なほうに進みます。企業に寄生することを考えるより、独立独歩する素地を築いておきましょう。


ただですね、どれだけツールが進化しようと、大衆が求めるものが娯楽であって学問でないという事実は変わりません。
大衆はちょっと異世界らしさが感じられれば十分なわけです。なのでヒュムノスなどで十分凄いと感じるわけです。
言語学の知識があったり学問的なものが好きな一部のマニアだけが、「いやもっときちんと作るべきだろう」と考えるわけです。

ですので、どこまで技術が進歩しても、よく作り込まれた人工言語の需要は一部のマニアにしかないのです。それはまぁ現実ですので、受け入れるしかないでしょう。
大衆受けしたいのであれば言語はオマケ程度にして、メインパートを日本語で作り、内容も娯楽に特化させたほうがいいです。
そのほうが名は広まります。その代わり、人工言語的には粗製乱造にすぎませんが。

少なくとも『紫苑の書』のように「異世界なんだから言語が通じないはず。ファンタジーは言語習得から始めるべきだよな」などという本格的なことはしないほうが大衆受けします。
大衆が求めているのは所詮娯楽ですから。アルカのような本格的な言語は、その価値が分かる少数の人間とのみ共有すれば良いのです。

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