オヴィの月
2012年12月31日
セレンが孤児院の居間に入ると、4人の孤児が夕飯を食べていた。
ミルハ「あ、セレンお兄ちゃん。おかえりなさい」
「リーザ先生とミーファねえさんは?」
「今日はいないよ。だからミルハがお夕飯作ったの。お兄ちゃんも食べていって」
「ありがとな。そうするよ」
セレンは席についた。横目でミルハを見る。室内でも帽子をかぶっている。
ミルハは魔族ディーレスと人間のハーフだ。猫耳を持って生まれてきた。小さい頃にからかわれ、それがコンプレックスで人見知りになってしまった。学校でも友達がいないらしい。
「ミルハ……まだ帽子、取れないか」
「うん……」きゅっと帽子を握る。
慣れ親しんだ孤児院の中でも帽子を脱げないほど、耳にコンプレックスを持っているようだ。
夕飯を済ませると、孤児はそれぞれの部屋に去っていった。
セレンはミルハの部屋を訪れた。
「あ、お兄ちゃん」
パジャマ姿のミルハ。慌てて帽子をかぶる。だがセレンはその手をさえぎる。
「ミルハ。お兄ちゃんにも見せたくないのか」
「え……だって……ヘンだもん、これ」
セレンは黙ってミルハの目をじっと見つめた。
「……ヘンだと何か悪いのか?」
「……いじめられる」
「俺はしない。俺はお前の耳が可愛いと思う」
赤くなってうつむくミルハ。
「……撫でるぞ?」
ミルハは小さく頷いた。
頭を撫でるセレン。耳に手を触れるとピクッとするが、嫌がりはしない。
「お前の耳をからかわない奴の前では、帽子を取ってもいいんじゃないか。徐々にコンプレックスは克服していけばいい」
「いつかは克服しなくちゃいけないの?」と不安そうな表情。
「いいや、そうでもない。コンプレックスは人間につきものだ。人は自分のコンプレックスをすべて乗り越えられるほど強くない。
もしお前がコンプレックスを克服できなかったとしても、乗り越えようと努力した事実さえあれば、お前はお前を誇っていい」
ミルハはセレンの胸に顔をうずめた。腕を回してぎゅっとしがみつく。
「ミルハ……お兄ちゃんになら、見せてもいい」
「そうか、ありがとうな……」
セレンは微笑むと、ぽんぽんと頭を撫でた。
1993年1月21日
「はい、じゃあ今から席を決めるから、みんな教室の後ろに立ってね」
リーザの指示で生徒が教室の後ろに集まる。
アシェルフィ小学校ではサプリ村の寺子屋からどっと押し寄せてきた転校生たちによってクラス再編成が余儀なくされていた。
セレンとリディアとオヴィは運良く同じクラスだった。
セレンは11歳でオヴィは12歳だが、リディアは8歳だった。しかしリディアは勉強ができたので、上のクラスに上がることができた。
リーザが紙を見ながら名前を読み上げていく。
リーザの寺子屋と違い、教室は広い。人数も多い。席は男女2席がペアになっていて、それが3列ある。1列ごとに6行あり、クラスは計36人だった。
教室の後ろを背にして男子が右の席で女子が左の席だ。
セレンは2の川の一番前の席になった。オヴィは同じ川の2つ後ろの席になった。リディアはオヴィの横になった。幼馴染同士隣の席だ。
リディアたちと離れてしまったことを残念に思っていたら、横に女の子が座ってきた。
赤毛の少女はセレンと目が合うとにこりとして、「ファミイ=クルノースといいます。よろしくお願いします」と言ってきた。
ずいぶんと可愛い子だ。それに育ちも良さそうだ。
「よろしく。俺はセレン。元々ここの生徒?」
「いえ、サプリの方たちと同じタイミングでたまたま転校してきたんです」
「前はどこに?」
「家庭教師です」
ということは貴族の子弟か何かだろう。なぜ平民の子が通う学校にわざわざ。セレンは首を捻った。
原文
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