ランジュ – 2011年11月1日

※nias注:旧版からの移植記事です。

2011年11月1日

孤児院フランジェにはリディアのほかに4人の孤児がいる。彼らは苗字も分からず、かろうじて名前を覚えているだけだった。皆、リーザやミーファが拾ってきた孤児だ。

一人目はixtal。年のころは14, 5に見える。が、実際いくつなのかは分からない。いつも黒紫の服を着ている。性格は大人しい。
イシュタルは数年前に雨に濡れていたところをリーザに拾われた。なぜかたまに古語が出てしまう。不思議な子だ。

二人目はmilha。11歳。魔族ディーレスと精霊のハーフだ。猫耳を持って生まれたせいで虐められてきた。魔族なのに気弱で泣き虫で怖がりな子だ。
しかしミルハのポテンシャルは強力なので、過度の恐怖を感じると無意識に周りのものを魔力で粉砕してしまう癖がある。
耳に極度のコンプレックスがあるため、常に帽子をかぶっている。頭に手が触れそうになると恐がる。撫でようとしても嫌がる。

三人目はkonoha。見た目は16歳程度。凪人の名を持つが、れっきとしたロゼットで、神と人の混血児だ。
コノハはロゼットにも関わらず、あるものを司って生まれてきてしまったため、天界から追放されてしまった。
人を幸せにすることに生き甲斐を感じる。けなげで純粋で天真爛漫。しかし呪われた血のせいで、親切心がいつも裏目に出てしまう。

四人目はfealis。17歳で、人間の捨て子だ。ユベールの達人で、ミルハを妹のように可愛がっている。
フェアリスは芯の脆いところがある。親に捨てられたトラウマが消えず、拒絶されることを異常に恐れている。

彼女たちは新顔のリディアを仲間の輪に入れようと声をかけた。だがリディアは眠り姫のようなぼーっとした表情を返すだけで、会話にならなかった。
少女らは残念そうにリディアと話すのを諦め、花を愛でるかのように遠巻きに見るようになった。

この日セレンは孤児院の手伝いをしながら少女たちの経歴や特徴を改めて頭の中で整理した。
リディアがどんな過去を持っているのかは分からない。だが経歴の暗さで言えば彼女たちは引けを取らないはずだ。
そんな彼女たちが明るく元気に振舞っているのだから、いつしかリディアにも笑顔が取り戻せるのではないかとセレンは考えた。

「少し寒くなってきたな」横に座っているメルに言うと、彼女は「寒くなってきたね」と答えた。
その言葉が暖かく感じられた。

ランジュ – 2011年9月20日

※nias注:旧版からの移植記事です。太字は変更箇所。

2011年9月20日

「ねえさん、来てたんだ」
風花院の一室に足を踏み入れたセレンは嬉しそうな顔で茶色い髪の女性に声をかけた。
「久しぶりね、セレン。研究は順調?」
このミーファという女性もまたメル同様、数少ない現代魔法学の理解者だった。
もともとリーザと一緒に孤児院の手伝いをしており、セレンより5つ年上だ。出会ったときはまだ15歳という若さだった。
セレンはミーファを姉として慕うようになった。メルがセレンを兄として慕うように。しかし不思議なことにメルはミーファのことをねえさんとは呼ばず、ミーファ先生としか呼ばない。
「リディアちゃんはもうここに慣れたかい?」
セレンはリーザには丁寧語で話すが、ミーファには姉相手のように話す。彼女はリーザよりも活発でハキハキしている。
ミーファは緑の右目と青の左目でセレンを見つめると、「リディアちゃんか……まるで眠り姫のようね」と首を振った。「一日中ぼーっとしてる。話しかけても心ここにあらずって感じよ」
「池で初めて会ったときと同じか……心に傷でも負ってるのかな、やっぱそこは親に捨てられたわけだし」
「捨てられたとは限らないわ」
「え?」
セレンは首を傾げる。
「……なんでもない。リーザ先生がそんな風に謎めいた言葉を言っていただけ」
「そっか……」
「あと、私の印象としては傷ついているというよりも……」
「――?」
「傷つくための心さえ失ってしまっているように見えるのよね」
「つまり感情の受容体がないってこと? まるで人形のように」
「人形とは少し違う。命は宿っているもの。でも精神が眠ってしまっているように見える」
「それで眠り姫か……」
セレンは腕を組んだ。

「他の子たちも話しかけてみたんだけど、反応がないから最近はそっとしておいているみたい」
「皆とうまくいってないってことか」
「まぁ悪い関係ってほどではないわ」
ミーファはセレンに近寄った。肩を寄せる。
「セレンだって最初の頃は暗い子だったよ。それどころか自己中で我慢知らずで手の付けられない子だった」
「ねえさんと先生のおかげで変われたんだ。特にねえさんが……」
ねえさんが僕を厳しく優しく包み込んでくれたから歪まないで済んだんだ――そう言おうと思ったが、恥ずかしくて言えなかった。
と同時に、今度は自分がリディアにそう接してやらなければなと思った。

「ねぇ、セレンってこんなに背高かったっけ?」
「ん?」
「ほら、昔は私より小っちゃくて」
「ねえさん、いつの話だよ」セレンは苦笑した。「ねえさんなんか簡単に抱っこできる」
「うそ」
「嘘なもんか」
セレンはふっと笑うとミーファの脇と膕に手を当て、軽々とお姫様抱っこした。ミーファの柔らかで甘い香りがする。
「わぉ! 細身の学者のくせにずいぶんな腕力じゃない」
ミーファを床に降ろすと、「僕だって男なんだぜ」と囁いた。しかしミーファはあははと笑うと、「なっまいきー!」と返した。セレンはそんな彼女を愛おしそうに見つめた。

その夜、自宅に帰ったセレンは机からノートを取り出すと、ペンで日記を書いた。時代遅れも甚だしいアナログ作業だ。
「9月20日。久々にねえさんに会えた。
相変わらず綺麗だった。良い匂いがした。優しい声だった。
でも俺のことはまだまだ小さい弟みたいに思っているようだ。
……うん、それでいい。それに、そうでなければならない。
ねえさんが我慢知らずで根性なしで自己中なクズの俺を変えてくれた。生来クズだからまだマシなクズにしかなれなかったけど、それでも大きく道を踏み外さなかったのはねえさんのおかげだ。
ねえさんは感謝の対象だ。それ以外であってはならないし、俺なんか見てもくれないだろう。
ねえさんは綺麗だ。
ねえさんは優しい。そして厳しい。
ねえさん、ねえさん……俺はねえさんのことが……」

ランジュ – 2011年7月27日午前

※nias注:旧版からの移植記事です。

2011年7月27日午前

セレンはフェリシア大の西門にいた。今日は三限からゼミがある。今はまだ二限をやっている時間だ。その後昼休みを挟んで三限となる。
ゼミが始まるまでまだ時間がある。研究室に行っても良いが、普段ずっと篭っているので、できれば別のところで時間を潰したい。
そこで、なんとはなしに池に降りてみた。草木の生い茂る土の道を進んでいくと、朱塗りの橋の上に誰かが寝込んでいるのが見え、ふと歩みを止めた。
遠巻きに見たところ、それは子供だった。中等部の学生だろうか。いや、それにしては制服を着ていない。
「大丈夫か?」言いながら近寄る。
よく観察すると、眠っているというよりは倒れているという感じだった。亜麻色の髪、水色のスカート、薄桃色のシャツと、ピンクの靴。年の頃は6, 7歳といったところか。

(……熱中症か?)
さらに近寄って「おい、君」と肩を軽く叩く。すると少女は意識を取り戻したのか、薄目を開ける。思わず目が合う。かなり端正な顔立ちの子だ。セレンは無意識に身構える。
「貴方……だぁれ?」
ささやくような声で尋ねる少女。子供とは思えぬほど儚げな表情に思わずどきっとする。
「ここの研究生だが……。君こそどこの子だ」
「わたし……」彼女はゆっくりと上半身を起こす。力が入らないのか、橋の柵に手をかける。「わたし……リディア」
「リディア?」
よくいる名前だなと思った。
「そう、リディア……ルティア」
そしてまたよくいる苗字だなと思った。

「それで……リディアちゃんはここで何をしてたの? 倒れてたみたいだけど」
「……覚えてない」寝ぼけ眼で首をゆっくりふるふるする。
「ここの学生?」
「ちがう」
「年齢は?」
「7歳。415年のディアセル生まれ」
「あぁ、それでリディア=ルティアか」なるほどと頷く。「お母さんとお父さんは?」
「……知らない。気付いたらここにいた……」
呆けたような表情で予め用意されたシナリオを読み上げるかのように呟く彼女に、セレンは不信感を覚えた。だが同時にそれゆえに彼は彼女を警察に保護させるべきではないと判断した。
20年前の記憶が彼の脳裏に蘇る。もし彼女と出会ったのがこの場所でなかったら、彼は速やかに警察に連絡していただろう。

「リディアちゃん、君、泊まるところは?」
「ないの」儚げに首を振る。
「そうか……」
頭を掻くと、池に目を映す。
「……仕方ないな」
セレンは彼女にそっと手を差し出す。
「その……行く宛がないのなら――」
そして気付いたら不可解なセリフを吐いていた。
「――僕と一緒に来るか?」
「……」
彼女は沈黙を返した。しかしその表情は用心でかたくなになっているわけではない。
セレンが黙っていると、彼女は小さく唇を開いた。
「……その先には何があるの?」
面白い聞き方だった。呆けた表情のわりに知性が高いようだ。
「多分――」
問われて最初に出たのは変な言葉だったが、きっと素直な気持ちなのだろうと思い、正直に告げることにした。
「――多分、君が進むべき道……だと思う」
「そう……」
彼女は静かに頷いた。
「お兄ちゃんの名前は?」
「セレンだよ」おじさんと呼ばれなかったことを内心喜んだ。「セレン=アルバザード」
「セレンお兄ちゃん……」
リディアはそっとセレンの手を取った。
「来るかい?」
「いいの?」
「君が良ければ。とりあえず寝るところは用意できると思う」
「……ありがとう」
微かにだが、彼女が微笑んだ気がした。

「さて……」セレンは池の時計を見て立ち上がる。「じゃあまずはメルに相談しないとな」
レイゼンでメルを呼び出すと、階段を上がった広場で彼女を待った。
リディアは広場の白い椅子で脚をぷらぷらさせながら道行く学生を見ていた。
しばらくすると西一号館のほうからメルが走ってくるのが見えた。小脇には鞄を抱えている。
「お兄ちゃん!」軽く息が上がっている。「どうしたの、大事な話って。二限抜けだしてきちゃったよ」
「悪いな。ちょっと女の子を拾ったんで、相談しようと思って」
「…………は?」
目を丸くしてリディアを見つめるメル。何がなんだかという顔をしている。無理もない。
「この子、リディアっていうんだ。池に倒れてた。孤児らしい。何も覚えてないそうだ」
「はぁ……」
気の抜けた声で返事をするメル。
「それで、ウチの院で預ろうと思って」
「……本気なの?」
思い切り怪訝な表情だ。もっともだとセレンは思った。
「うん、警察に届けるのは止めようと思う」
「どうして?」腕を組んでセレンを軽く睨みつける。当然の疑問だった。
「縁を感じたんだよ。20年前の俺と同じだったから。俺もあのときあそこで倒れていた。そして先生に拾われた」
優しくて白くて暖かい手が彼の脳裏をよぎる。
「あのとき拾われなかったら、今の俺はない。だから俺も同じことをしようと思う」
メルは小さくため息をつくと、「……じゃあ、院に連れてくってことね」と言った。
「話が早くて助かるよ」
「別に……。こういうときのための院だし」
とはいうものの、やや戸惑い気味という顔だ。それはそうだろう。見も知らぬ少女を突然池で拾ったというのだから。
「じゃあ行こうか、リディアちゃん」と言ってセレンは彼女の手を駅まで引いていった。

リディアはアンセを持っていなかった。現金も持ち合わせていなかった。運賃はセレンが支払い、幻京橋まで移動する。
駅を降りてアパートとは逆方向に向かう。橋を越えて坂道を登ると、駅から15分弱のところに大きな館があった。古びた白さの館だ。
正面の黒い門扉を開けると、きいっと音がする。中庭には草花が茂っている。
「ここはどこ……?」
不安気に尋ねるリディア。
「風花院フランジェ。僕やメルが育ったところだ。僕らは孤児だったんだよ。今の君と同じ」
「風花院……風花院」口の中で何度か反芻する。
「今日から君の家になる」
「ここ、お兄ちゃんのお家なの?」
「いいや」セレンはリディアの手を引いて中庭を進み、玄関に手をかける。「もう住んでないよ。院長はリーザ先生」

ドアを開けると正面はホールになっており、左右には階段があった。二階の階段奥の窓から明かりが差し込み、埃が輝くように舞う。
一歩足を踏み入れた瞬間、古びた木と石の匂いが鼻腔をつく。
「こんにちは~」セレンの声が広いホールに残響を作る。「リーザ先生、いますか~」
しかし返事がない。
「みんな留守かな?」メルが首を伸ばして二階を見たとき、後方から「あら」という声がした。
「セレン君にメルちゃん。今日は学校じゃなかったの?」
振り向くとそこにはふわふわした金髪の綺麗な女性が立っていた。手には鉢植えを持っている。
「あ、先生。こんにちは。今日はちょっとご相談があって……」
言われたリーザは見知らぬ来客に目を向けると、「その子のこと?」と察し良く尋ねた。

それから彼らは二階の院長室に行くと、セレンはリーザに事情をひと通り説明した。途中、メルが紅茶を淹れるといって中座した。
リーザは黙って聞いていたが、セレンの話が終わると紅茶をひと啜りし、「話は分かったわ」と言った。
「それで、大丈夫ですかね」
「別にウチは構わないわよ。孤児院ですからね」
「ありがとうございます。でも、ずいぶんあっさりですね」
意外な表情のセレン。いくら孤児院とはいえ、ここまでトントン拍子に進むものだろうか。するとリーザは片目を開けてくすりと笑った。
「貴方が選んだ子なんでしょう? きっと何かの縁があるのよ」
「……感謝します」セレンは頭を下げた。
「よろしくね、リディアちゃん」
頭を撫でるリーザ。リディアはぼんやりとした表情で目を上げる。
「はい、先生……」
「うん、挨拶はきちんとできるようね」

「さて、じゃあ私は彼女に院内を案内するとして、貴方たちは学校に戻りなさいな。授業があるんでしょう?」
「はい」
立ち上がるセレンとメル。するとリディアが不安そうな顔でセレンの袖を掴む。
「……」
無言でセレンを見つめるリディア。行かないでという顔をしている。
「大丈夫。僕らは休みの日はここに手伝いに来てるから、またすぐ会えるよ。それに先生はとても優しいから」
「……うん」
不安な表情を残したまま、リディアはセレンの袖を離した。
「それに君を引き取ると決めたのは僕の意志だ。先生に宿は貸してもらうけど、君の世話はできるだけ僕が見る」
メルはあまり表情を変えなかったが、複雑な心境でセレンとリディアを交互に見た。20年前の自分と記憶が被ったとはいえ、なぜセレンが突如見知らぬ子供を拾ったのか、まだその真意が掴めない。それに彼女がいったいどこの誰なのかという不信感もある。

リディアをリーザに一旦託し、セレンとメルは風花院を後にした。
「あ、そういえば」
幻京橋に戻る道で、ふとセレンは口を開く。
「どうしたの?」
「いや……初めてだなって思って」
「何が?」
「先生たち以外の人が孤児をあそこに連れてきたのって」
「確かに……」頷くメル。
「いつもどういう基準で孤児を選んでいたんだろうな」
それは何だかとても大切な疑問に思えた。同時に、考えても到底分からない疑問にも思えた。

ランジュ – 2011年7月19日午後8時

※nias注:旧版からの移植記事です。

2011年7月19日午後8時

ただの強がりも嘘さえも、願えばいつか「ほんとう」になると思ったんだ。

あれからちょうど20年。
いつまで待てばいい?
いつまで願えばいい?
ここに来れば迎えに来てくれるんじゃないかって思ってた。

だから最初のときからずっと変わらず立っているあの時計を見つめながら、夜の八時を待ったんだ。
この池のほとりで。

光の中からでも、水の底からでもいい。
迎えに来てくれるのを期待して……。

――でも現実はこれだ。
目の前には八時を指す冷酷な時計と、何一つ変わらない世界。
報われなかった。
自分は、報われなかった。

それから30分ほどの間、セレン=アルバザードは朱塗りの橋の上で茫然と暗い水面を見ていた。
何かを期待しながら、ずっと池と時計を交互に見ていた。だが、何かが起こることはなかった。
ここフェリシア大学のほたる池は普段から人があまりいない。まして今は蛍のシーズンが終わったこともあり、一人きりだ。

今日で20年だ。20年前のあの日が思い出される。そして現在までの日々が走馬灯のようによぎる。
毎年だ。毎年この時間、ここに来ている。そして毎回、落胆している。
区切りのいい年ほど大きく落胆する。数に意味などないと知っているのに。
蛍はすっかり去って、居ない。セレンは焦燥感を顕わに池を離れた。

池とキャンパスを繋ぐ木の階段を登っているところで電話がかかってきた。
彼は右ポケットからレイゼンを取り出す。ちょうど先程まで音楽を聞いていたので、スピーカーは貼りついたままだ。
「もしもし」
彼はレイゼンをポケットに戻すと、階段を登りながら応える。
「あ、お兄ちゃん? 今どこ」
声の主は若い女の子だった。
「メルか。池だよ」
「池? なんでそんなところに……」
怪訝そうな声だ。無理もない。
「まぁいいや。じゃあ上がったところの広場で待ってて。私もすぐ近くだから」

セレンは「わかった」と言って電話を切った。
階段を登って数十秒もしないうちに、電話の相手がやってきた。
金髪に青い目をした白人ベースの綺麗で可愛らしい女性だ。22歳だが黄色人の血が混じっているため幼く見え、少女と言ってもいい見た目だ。彼女は鞄を小脇に抱えて歩み寄ってきた。
「おつかれ、メル」
メルはフェリシア大生だ。理学部の数学科に属している。今はもう大学院の博士課程で、大学生としては最終学年に当たる。
「一緒に帰ろ」
「あぁ」
二人は西門に向かって歩き出す。

「今日は白衣じゃないんだな」
歩きながら問うセレン。
「本来数学科は白衣を着る必要があまりないしね。お兄ちゃんは今日もゼミ?」
黙って頷くセレン。彼はこの大学のOBであり、現在は研究生をしている。
専門は現代魔法学。――といっても、そんな学問は世の中から認められていない。魔法学が盛んだったのは今から400年ほど前の時代、オーディン(rd)だ。
人類はrd以降、魔法の力を失ってしまった。それから機械文明が発達し、現在に至っている。科学全盛の時代に何の役にも立たない魔法学をやったところで、就職の役に立つはずもない。
確かにこのアルバザードという国には召喚省という政府機関がある。そこに入る人間にとっては魔法学も必須の科目だ。だがそれはあくまで古典としての魔法学であって、要は古典文学がテストに出るのと同じような扱いでしかないのだ。

「今は何を研究してるの?」
メルは落ち着いた優しい声で尋ねる。
セレンは現代魔法学が専門だがそんな学問は認められていないので、大学では古典としての魔法学や魔法工学を履修したりしていた。おかげで理系だったのに真当な科目を選択せず、大学院を出てもまともな就職先にはありつけなかった。
結局夢を捨てきれなかったこともあり、院生時代に就活を断念し、そのまま研究生としてゼミに残っている。気付けばもう30だ。

表向きの専攻は言語学だ。魔法学――とりわけ呪文学――と近い関係にある上に、学問の一分野として認められているからだ。
だが魔法工学などの兼ね合いから、理工系の分野にも手を出している。こちらは機材や試料に費用がかかるので、研究費にはいつも悩まされている。
人から専攻を聞かれたときは現代魔法学と答えたいところなのだが、毎度白眼視や奇異の目に曝されるのに飽き飽きして、今では言語学と工学と答えることにしている。
とはいえ本来言語学と工学は重なる分野ではないため、結局奇妙に思われることが多々ある。だから正直専攻を問われるのは好きでない。

「研究……ね」
セレンは自嘲気味に呟く。世間からすれば、存在を学会に認められていない分野など研究とはいえないだろう。せいぜい「趣味」だ。
本来、努力に貴賎はない。……はずだ。
だが実際はその学問が世に認められているかどうかによって、社会的な扱いに雲泥の差が出る。なんとも理不尽な話だ。
彼に対する社会の目は冷たい。しかしこの幼なじみの妹分は違う。彼女はセレンの努力を揶揄しない。「趣味」などと一刀両断せず、きちんと「研究」と認識してくれている。彼女は数少ない理解者なのだ。

「お前は現代魔法学の意義……俺のやっていることの意義が分かるか」
厳かに問うセレン。対照的にメルはあっさり「うん」と答えた。
「魔法学は閉じた学問体系。科学は開いた体系。今は確かに魔法を使えない人達が殆どを占める。だけど問題は実用性ではない。斬新性と高尚さ。魔法学は志半ばで潰えた学問。人が魔法を使えなくなったせいで無情にも切り捨てられてしまった学問。
もし人が魔法を使い続けることができていたら、魔法学は決して閉じなかった。下賤な世俗の人間が自己の利益を追求した結果、魔法学は無理やり閉じた体系に押し込められた。魔法学は完成して閉じたわけではないのだ。
だが閉じた魔法学を単にこじ開けるだけでは昔と何も変わらず、車輪の再発明にすぎない。そこで閉じた体系を再び開きつつ、同時に現代科学と旧来の魔法学を融合させる。それが現代魔法学。
たとえ魔法を使えない今の我々にとって現代魔法学の実用性が皆無であっても、人類の学問への挑戦として十分な意義がある。
――でしょ?」

長い演説をスラスラと述べるメルに、セレンは大層気を良くした。
「そう。たとえ世間が認めなかろうと、俺は学問の歴史を動かしたい。そこに俺が生きている意義がある。ほんの少しでもいい、止まった魔法学の歯車を動かしたいんだ」
夏の心地良い夜風がセレンの頬を撫でる。
「うん、知ってるよ、メルは。お兄ちゃんが頑張ってるってこと」
メルの髪が風でなびく。彼女は白く長い指で襟足を押さえる。
「そうか……」
セレンは満足気にメルの横顔に目をやった。

彼が言語学を専攻しているのには訳がある。研究生では食っていけないし、どこかの正社員になっていたら研究ができなくなる。
そこでバイト生活をしているのだが、手軽にバイトをするなら工学より語学のほうが口があるのだ。主なバイト先は塾や翻訳会社などになる。
アルカ全盛の時代とはいえ、この国には他に公用語がルティア語、凪霧、アルバレンと豊富にある。公用語が多ければそれだけ語学や翻訳の需要も生まれるというもの。
400年前に自分と同じ名前の青年がアルカというこのありがた迷惑な国際語を徹底的に広めようとはしなかったおかげで、どうにか今の自分は飯を食えているというわけだ。

西門を出ると、信号を渡ってすぐのところにフェリシア駅がある。皇族御用達の学校だけあって、堂々と専門の駅が用意されている。
キャンパスから駅までこれほど近い学校もまずないだろう。小学校から大学まで全て同じキャンパス内に存在しているので、ほぼフェリシア専用の駅といってもよい。
フェリシア駅はジャンクションではなく、幻環線しか通っていない。もっとも、事実上フェリシア校のために存在する駅なのだから、それは当然のことだろう。
ジャンクションはひとつ離れたカリーズ駅だ。一旦ここで地下鉄の蒔蘿線に乗り換え、東カリーズ、ラゾーディンと進んで幻京橋で降りる。フェリシアから歩いて30分程度のところだが、電車だとぐるっと廻ることになる。

駅の階段を登ると、二人は特に言葉を交わすことなく、歩き慣れた道を進んでいく。ふとセレンは沈黙が気まずくない間柄というのも良いものだなと感じた。
幻京橋は都内ということもあり、地価が高い。駅周りに貧乏研究生が住めるようなところはない。駅から15分ほど離れた旧市街に入ると、ようやく彼を受け入れる貧民街が出迎えてくれる。
いつの石でできているのか分からないようなボロいアパートに入ると、こつこつと音を立てて2階へ上がる。
階段を登った右手は壁で、左手が廊下だ。メルはひとつ目の扉の前で立ち止まる。
「おやすみ」と言いながら、セレンはそのひとつ向こうの部屋へ歩いていった。
ポケットから財布を取り出し、鍵を取る。旧来の、それこそ何百年も前からあるような金属製の単純な鍵だ。セキュリティのセの字もない原始的なロックだ。
まぁこんなところに誰も盗みになど入るまいから、自分としては一向に気にしないが。

中は6畳間の1Rで、ユニットバスな上に、申し訳程度のキッチンしかない。規制が緩まってからというものの、ワンルーム廃止法などもはやあってないようなものだ。このおんぼろアパートも元は2LDKだったものを1Rに仕切ったものだそうだ。
部屋の中はいたって簡素。タンス、ベッド、パソコン、机、椅子。それくらいしかない。
上着を脱いでポールハンガーに掛けると、手洗いうがいを済ませてベッドに座り込む。頭を壁に預けたら、コンという小さな音がした。
となりのメルだ。この薄い壁一枚隔てた向こうには彼女のベッドがある。
コンという音は断続的に聞こえてくる。壁を指でなぞるツーという音も聞こえてくる。
「お……や……」
モールス信号だ。
「す……み――か。……まったく、メール全盛の時代に何やってんだか」
セレンはくっくと含み笑いをすると、同じようにコンコンと信号を返した。

ランジュ – 序文3

※nias注:旧版からの移植記事です。

死神の天秤

2011年7月19日

そこはただの空白だった。気が狂いそうになるほど何もなく、ひたすら白さが広がっているだけの場所。
そんなところにセレンは送られてきた。昏睡しているのか、倒れこんでいる。

次の瞬間、黒衣の男が突如現れ、彼の前に立った。
「異界の門を通る者よ」
男が声をかけるとセレンは目醒める。見知らぬ場所と人物に戸惑ったが、彼はすぐに転生したことを思い出す。
転生は8時に行われたはずだが、リディアと手を繋いで眼を瞑ったところまでは覚えている。どうやら自分のセレスはまだユマナから切り離されていないようだ。

公園での出来事を思い出した瞬間、彼は思わず叫び声を上げた。
「――リディア!?」
手を繋いでいたはずのリディアがどこにも見当たらないのだ。一瞬にして不安の闇に押し潰されそうになる。

「異界の門を通る者よ」
黒衣の男はもう一度呼びかけた。
セレンは男を見上げると、同行者を見なかったか尋ねようとした。しかし彼が口を開ける間もなく男は空間から鎌を取り出すと、セレンの眼前に向けた。
その刹那、白い空間が俄かにざわめいた。
「我が名は死神ヴァンガルディ。
地獄を統べる者にして、契約と鼎を司る。
異界の門を通る者よ、汝の鼎を我に示せ」

若く美しいその男の声は、いやに耳に残るくぐもったものだった。
セレンは自分で書き上げた人工言語アルカの辞典――幻日辞典――の記述を頭の中で検索する。
ヴァンガルディは地獄の王で、アラティアともいう。契約と鼎を司る。彼に願いを伝えると、何かと引き換えに願いを叶えてくれる。その代償となる何かのことを鼎という。アルカでいうとestoだ。
鼎と訳したのは、実際にestoが鼎という容器であるからなのだが、もうひとつ意味がある。鼎は「代償」を意味すると同時に、引き換えとなって願いを「叶え」てくれる。つまり鼎は「代償」であると同時に「成就」でもあるのだ。ここにヴァンガルディとの契約における等価交換性を見出すことができる。
それにしても、どうしてこの段階でヴァンガルディが出てくるのだろう。何を自分と契約しようというのだ。
何だか頭の中が痒い。先ほどリディアから説明を受けた気がするのに、思い出そうとすると頭が痒くなる。彼女の説明の中にヴァンガルディの名が出てきた気がするのだが、どうしても思い出すことができない。どうやら自分のセレスはユマナから切り離される寸前らしい。

「カルディアへ行くには代償が必要なのか……?」
セレンの問に男は黒い長髪を微かに揺らし、静かに頷いた。
あぁ、そうだった。カルディアでも頷きが肯定を意味するんだった。セレンは妙なところで感心した。
「日本語を失うだけでは足りないと?」
尋ねるセレンに男は語調を乱さず答える。
「それはベルトやメルティアの事情にすぎぬ。
ユマナで穢れたセレスをそのまま持ち込むことは許されん」
「穢れた魂……」
「鼎を支払う以前の前提として、ユマナでの大半の記憶は失われる。汝がこれから入るのはカルディアで過ごしてきた自分の体であって、その体には既に30年分の記憶があるからだ」
それは理解できる話だった。別の人生を歩んできた二人の記憶がひとつの体に入ると混乱は免れない。カルディアへ渡る以上、今回はユマナ側の記憶を消すのが妥当だろう。それにカルディアとユマナは異なった世界なので、悪戯にユマナの情報をカルディアに持ち込むべきではないだろう。なるほど、いかにもセレスを管理する死神らしい条件だ。
だがそれより気になるのは鼎とやらだ。セレンは固唾を飲んで問う。
「それで、その鼎の内容とは……?」
すると男は地獄の王に相応しい冷酷な鼎を要求した。

「鼎に載せるのは汝の愛する者。
異界の門を通らば、汝は愛する者を失う」

「……どういうことだ」
訝るセレンに対し、死神は見透かしたかのように告げる。
「汝が今現在不安に思っている最悪の解釈がその答えだ」
「それはつまり……転生後の俺はリディアと赤の他人だということか」
無言で頷く死神。
その瞬間、冷や汗が流れる。
「言い換えれば、転生後の彼女は俺のことを好きではないし、そもそも俺のことを知りもしないということか」
「――然り」
急激に目の前が真っ暗になるのが分かった。
「そんな……。じゃあいったい何のために異世界に……」
脚がふらつく。足元の砂を波に攫われたようなぐらつきだった。
向こうのリディアはこちらのことを何も知らない。絶望的な状況だ。これでは一体何のために手に手を繋いで一緒に異世界へ旅立ったのか分からない。

――いや待て。
落ち込んだ彼にひとつのアイディアが湧く。
確かに向こうのリディアはこちらのことを知らないかもしれない。だが向こうの自分はリディアのことを知っているままなのではないか。どちらか一方だけでも想いを失わなければ、やり直せる可能性はある。
そう考えた彼は大声を張り上げる。
「俺はリディアのことを忘れたりなんかしないよな?」
しかし死神は冷たく言い放った。
「彼女も鼎を支払う。ゆえに、彼女もまた汝からの想いを失うことになる」
その宣告に、セレンの希望はあっけなく崩されてしまった。
「つまり俺も向こうに行けばリディアのことを忘れてしまうというわけか……」

しばし静止した後、彼はがっくりと肩を落として呟いた。
「リディアは俺を知らない。俺もリディアを知らない。たとえ異世界で再会しようと、俺たちは赤の他人。そういうことか……?」
死神は残酷にも首肯した。
「そんな……あんまりだ。これじゃ一体何のために……」
額を押さえるセレンに、死神は声の調子を変えずに告げる。
「鼎の大きさは望みの大きさに比例する。数十年前の契約時もそうだった。
オーディン時代に悪魔を倒してユマナに転生した汝は、ユマナで仲間と再会しアルカを再構築することを願い、その代償として人並みの幸福を差し出した」
「人並みの幸福……?」
「身に憶えはないか。例えば心身の健全さ、例えば家庭の円満さ、例えば磐石な将来、例えば――」
「――もういい」
小刻みに首を振る。ヴァンガルディの言葉が心に重くのしかかる。思わず過去の様々な出来事が走馬灯のようによぎる。

「だがそんな人並みの幸福を失ってまで、俺はリディアと出逢って恋をしたんだ。その想いを今更奪われるのはあまりに理不尽じゃないか」
彼の声に感情が篭る。しかし死神は努めて事務的な態度を維持する。
「汝がユマナに留まれば、再び鼎を支払う必要はない。新たな形の人工言語をユマナで初めて成し遂げた者として、人並みの幸福という失った代償を悔やみながら生きるがよい。
しかし今一度異界の門を通らば、我は汝に鼎を要求す」
額に手を当てて考え込むセレン。
「ユマナに留まれば全て今まで通り……リディアも、仲間も、アルカも……」
小声で呟く。状況を理解するので精一杯だ。
「確かにユマナに留まれば全ては元のままだ。しかし今更アルカを捨てたところで、人並みの幸福を取り戻せるなどとは思わぬことだ」
「……」
黙るセレンに死神は追い打ちをかけるように続ける。
「どう足掻こうと汝に明るい未来は無い。痛くない日々は無い。苦しくない日々も無い。空虚を満たされる日々も――」
「分かってる!」セレンは右腕で死神の鎌を振り払った。「識っているんだ、ヴァンガルディ!」
「……」
鎌を降ろしながら、静かに死神は言葉を補う。
「……死神との契約はそれほどまでに重いということだ」

セレンは深い溜息をついた。
「たとえユマナに残ってアルカを捨てても地獄。かといって異世界に渡っても代価を請求される。どこまでも生きるというのは苦しいものらしいな」
そのときセレンはふと何か気付いたような顔になった。
「……なぁ、死神ヴァンガルディ。俺は過去に何度かあなたに会っていないか。10歳の夏、13歳の秋、17歳の冷たい夜、そして6年前にも。
そのとき強く願ったんだ。どんな犠牲を払おうと、自分の使命を果たし、望みを叶えたいと」
しかし死神は何も答えようとしなかった。ただ、彼の言葉を否定することもなかった。
「あれから俺は努力を重ねた。だが願いを叶えようと奮闘するたび、手の平から零れ落ちる水のように幸せが逃げていったんだ。
努力するほど報われず、努力するほど失った」
「それが汝の払った代償だ。願いに向かうたび、契約に基づいて幸せを失っていく」

ふたたびセレンは溜息をつく。重苦しい溜息だった。
「それにしても、次の鼎は愛する者か。いくらなんでも重すぎだ。異世界間を渡るだけでそれ程のものを失うことになるとはな」
不承不承なセレンにヴァンガルディは一瞬困惑したかのような表情を見せ、契約の確認を兼ねて言葉を付け足した。
「これは汝らの望みに見合う正当な鼎であろう。
汝らはカルディアの歴史を動かす。
そしてその果てに汝らが望むものは――」
そこでふとヴァンガルディは言葉を止め、後方の白い空に眼をやった。
「――記憶の観測者か。小癪な。
観測地点は……アルカディアの筺か」

死神がすっと鎌を薙ぐと、空間が歪んで記録が乱れる。
クリスタルを詠んでいた少女は怪訝な顔をする。
次に記録が繋がった場面では、既にヴァンガルディはセレンに契約の確認を終えていた。
時詠の少女は眉を顰める。

セレンは既にユマナでの記憶が曖昧になっていた。ヴァンガルディの説明を聞いて、改めて自分たちの今回の望みと使命を認識した。
「――確かに相応な鼎だな」
先程までとは打って変わって納得したように頷くセレン。死神のほうもようやく状況が整理できて一安心といった様子だ。
「しかし何とも残酷な天秤だな。その鼎自体が俺たちの望みを大きく阻害することになる」
「それほどまでに汝らの願いは大きいということ。
契約は決して甘いものではない。
それはこの数十年で身を以て識ったことであろう」
「そう……だな」
苦虫を噛み潰したような表情で肯う。
「それでも汝は異界の門を通るか」
セレンはしばし沈黙した後、頷いた。
するとヴァンガルディは空間に黒い門を出現させた。

ゆっくり立ち上がると、セレンは門に手をかける。
「――引き返せぬぞ」
死神は冷やかに言い放つ。
「門の向こうの彼女は汝を知らず、汝を愛さぬ。
後悔するやもしれんぞ」
セレンは門柱を握る手に力を込めた。
「……後悔ならいつもしてきたよ。どうやったって後悔しない道なんてないんだと思う。人は片方の道を択ぶ度に、もう片方の道を代価として支払うんだ」

彼は振り向くと、ヴァンガルディに対峙する。
「やっと分かったよ、この物語における自分のレーゾンデートルが。これはあなたとの戦いなんだな。
あなたは失った鼎は戻らないと言った。契約は等価交換なのだろう」
「然り」
「なら今はあなたに俺の鼎を預けておく。
でもいつか必ず取り返してみせる」
「無駄だ。何かを望んだ以上、それに見合う代償が必要だ。一体何を新たな鼎として差し出そうと言うのか」
すると彼は即答した。
「決まってる。俺みたいにちっぽけな人間に唯一できること。
――努力だ」
死神は皮肉げな笑みを浮かべる。
「重ねれば重ねるほど幸せを失ってきたにもかかわらずか」
「こうは思わないか? 単に今までの努力が望みの代価に見合うほど大きくなかっただけなんじゃないか、積み重ねていけばいつか代価に釣り合うんじゃないかって。
だから俺は失っても苦しんでも積み重ねるよ。望む高さに届くまで」

その言葉を聞いたヴァンガルディは一瞬の間を置くと、呆れたように言った。
「これほど苦しんでおきながらまだ諦めぬと? 狂人の戯言よ」
「嗤えばいい。今までも皆が俺を嗤ってきた。
だが俺は俺を嗤わない。人が嗤うなら、俺はその時間を使って上に行ってやる」
言葉が無の空間に響き渡る。ヴァンガルディは唇を薄く開いたまま彼を見つめた。
「……それが先駆者というものか。なるほど、歴史に名を遺すだけのことはある。
面白い。なんとも刈り甲斐のあるセレスよ。存外ユマナの汝も使命を全うできるかもしれんな」
死神は含み笑いをした。
「察しの通り、汝は我と何度か会っている。
そして十数年前も汝は今と同じ結論を出した。
たとえ辛かろうと成し遂げてみせる。そしてその代価は努力で賄い、鼎は必ず取り戻す……とな」
「そのときあなたは何と返したんだ」
「痛みも苦しみも抱えない苦労知らずがさえずる覚悟など聞くに耐えん――と。
それから我は転生前の契約に従い、汝から幸せを奪い、苦痛を与え続けた。
にもかかわらず汝が今日出した結論は前回と同じものだった」
「そうか……」
ヴァンガルディは鎌を異空間に仕舞った。
「今こそ汝の覚悟は聞くに値する。
だが汝はひとつ勘違いをしている。
これは汝と我の闘いではない。汝と汝の闘いだ」
「……皮肉だな」疲れた顔で頭を振る。「自分というのは味方に周るとえらく弱いくせに、敵に周ると何よりも強いものだ」

セレンは門に片脚を踏み入れた。その背中に死神が声を投げかける。
「彼女の望みは汝の望みより大きく、彼女が支払う代償は汝の代償より大きい」
それは死神の台本には本来ないはずの言葉だった。
「汝からの想いを失うだけでは済まされぬ。彼女は心身ともに欠片を抱えることになる」
「……そうか」
淋しそうに呟くセレン。
「換言すれば、それだけ彼女の汝に対する想いが強いということだ」
初めてヴァンガルディの声に微かな温もりが篭った。
「彼女の分の鼎も取り戻すのであれば、並大抵の努力では足りなかろう。……それでも汝は行くのだな」
セレンは振り返ると、誓うように言った。
“fiina ridia”

ランジュ – 序文2

※nias注:旧版からの移植記事です。

時詠みの少女

世界は私をいらないと言った。
私はそんな世界はいらないと言った。


授業が終わると私はひとり静かに学校を出た。
誰と話すわけでもない。私だけの帰り道を歩く。
それが日常で、当たり前のことだった。
世界が私を拒絶しているのではない。ただ私が世界を拒絶しているだけ。

鞄をぶら下げながらしばらく通りを歩くと、小さな脇道に入る。
そこは誰もが目にしているのに誰もが気付かない、忘れられた小道。
猫と私と風しか通らない、閑かな袋小路。
日向ぼっこをしている馴染みの白猫に挨拶をして、奥まで進む。

突き当たりには、古びた茶色い骨董品店。
窓ガラス越しにはいくつものアンティーク。
売れてるのを見たことがない。
お客はきっと私だけ。

扉を開けると、きぃっと音がした。
中に入る。ぱたん、と扉が閉まる。

「こんにちは」
店の奥に声を投げかける。少し声が掠れていた。
そういえば、言葉を喋ったのはこれが今日初めてだ。
いや違う。今日も、か。

「いらっしゃい」
奥のカウンターに座っている店主が顔を上げる。店主はこちらを見るや、席を立つ。
「今日は何の気分?」
いつもお茶を淹れてくれる。注文通りのフレーバーを。
「茉莉花で」
「茉莉花、だね」

茶葉をティーポットに入れる音がする。木々がざわめくような綺麗な音。
いつものようにカウンター手前の椅子に座り、鞄を床に置く。
店の中は棚ばかり。時計、食器、玩具、人形、ランプ、オルゴール、本など、色々な物が置いてある。
どれも根の生えた木のように、少しも定位置から動かない。

「どうぞ」
ジャスミンティーがカウンターに置かれる。
「ありがとうございます」
ふたつのカップ。いつものカップ。唯一この店で使われる食器。

「今日も詠むの?」
店主は店の左奥にひっそりと立っている小さな扉を見る。
「もちろんです」
お茶を一啜りすると、馥郁としたジャスミンの香りが口中に広がる。

「ところで、今日はいつもと違って見えるね」
「そうですか」
「何かあったの?」
私は斜め上に目をやる。
「あ、そういえば誕生日でした」
「それはおめでとう」と店主は微笑んだ。

「いくつになったの?」
「14才です。でも、どうしてめでたいんでしょう。年を取るだけなのに」
店主はお茶を一口飲んでから答えた。
「君くらいの年はまだおめでとうでいいんじゃない?」

「じゃあ、年を取ったら誕生日は嫌なことですか」
「そこまで無事生きることができておめでとう、ということじゃないかな」
「苦しみながら生き残ってしまって残念だった、という人もいるかもしれません」
「その場合、『耐え抜いた貴方の強さに祝福を』という意味で」

そう聞いた私は、にこっとして椅子から腰を上げる。
「店主さんは言葉の魔術師です」
「物は言いようで」
「お茶、ごちそうさまでした」

左奥の小さな扉に目をやる。
「毎日休みなく感心だね」
「それが時詠の少女ですから」
小さな扉に近寄り、丸いノブを握る。銅色が少し剥げて、鉄が覗いている。

「その扉を開けられるのは不思議と君しか居ないようだ、レイン=メルカント」
店主は私をそう呼ぶ。
いつだったか、誰だったか、最初に私をそのように呼んだのだ。
それ以来、私はここではその名で通っている。

扉を開けると、そこはまるで異世界だった。
中は青い水晶で満ちており、大小様々なクリスタルが所狭しと山積している。
ほんの小部屋に過ぎないが、散乱する光のせいか、やけに広く感じる。
部屋に灯りはないが、クリスタル自身が仄明かりを発してくれている。

水晶は一見乱雑に撒かれているように見えるが、私にはその配置が全く整然なものに感じられる。
どの水晶もきちんと時系列に沿って並んでいる。一貫性というのは見えるものではない、見出すものなのだ。
私は混沌の中に秩序を見つけることができる。しかしそれができるのは私だけだそうだ。
そしてこれらの水晶から「世界の記憶を詠み取る」ことができるのも私だけだそうだ。
そう、私は水晶に触れることで、過去に起こった出来事を識ることができる。
それで店主は私をこんな風にも呼ぶ。

――「時詠の少女」と。

「閉めようか」
店主が入り口の向こうから声をかけてくる。
「お願いします」
「では、静謐なる時詠みを」

音もなく扉が閉まる。
世界からこの小部屋だけが切り離されたような気がした。

「さて、今日はどれにしようかな。昨日の続きを詠むか、それとも別の物語を詠むか」
私に与えられた時間は限られている。
平日は学校があるし、休日は休日で何かと忙しい。
自由に使えるのは学校帰りなど、隙間の時間だけ。
そんな隙間の時間を使って、私は毎日時を詠む。
――世界の終わりまで。

いつだったか、誰かが言った。
世界はあと20年で終わりを告げると。
私は唯一、世界を観測することができる少女。
この小部屋に乱雑に撒かれた記憶のクリスタルを通して。

それにしても、いつからだろう、私が時を詠み始めたのは。
ずいぶん昔だというのは覚えている。
それから毎日私は世界の記憶を詠んできた。
それが時詠の少女たる私の役割だ。

この小部屋を出れば、私はただの子供に過ぎない。
でも、ここにいる間は使命を持った人間でいられる。
私の使命は世界の終焉を観測すること。厳密に言えば、どうして世界が終わってしまったのかを識ること。
最初の年から数えて20年目にきっちり終わる世界を、私は毎日観測している。世界の終焉の原因を探るために。

世界の歴史はとても長い。でも終焉の原因はordinの20年間とlanjの20年間に隠されている。
そう教えられた。いつだったか、誰だったか、そう教えられたのだ。
だから私は20年かけて毎日二つの時代の出来事を観測している。青く輝く記憶のクリスタルを使って、交錯する二つの時代を同時に詠んでいる。
そして特筆すべき出来事を見付けては、その都度記録しておくのだ。そう、世界の終焉の原因を識るために。

二つの時代は400年もの隔たりがある。当然言葉も変化している。私は観測した内容を要約した上で、現代の言葉に翻訳する。
現代の言葉といっても色々あるが、私が翻訳するのはアルバザード国の公用語であるアルカ、アルバレン、ルティア語、凪霧の四つだ。
古語は現代語に直して翻訳する。例えば上代シージア語や中世ルティア語は現代ルティア語に翻訳する。
一方、中世アルバレンは原則として現代アルバレンでなく現代アルカに翻訳する。現代アルバレンは地方録などを書く場合に使うことがある。
また、神々の言語であるフィルヴェーユ語などは、必要に応じて原文のまま出すことがある。
観測に加えて要約や翻訳も入るため、時詠みという作業は思ったより重労働だ。

記憶のクリスタルは日を追うごとに増えていく。世界が終わるその日まで。
一日分の記憶はとても小さい結晶に過ぎない。それが集まって、やがてひとつのクリスタルになる。
結晶は毎日生まれるから、私は今日起こった出来事を詠むこともできる。観測できないのは未来だけ。
世界がどう終わるかは、最後の日が来るまで分からない。

ともあれ私は20年のあいだ、来る日も来る日も隙間の時間を使って世界を観測する。
たとえ何が起ころうと、私はただ出来事を眺めるだけ。
観測者は手を出さない。黙って視ることしかできない。
物凄くちっぽけな存在にも感じられる。

だけど、ひょっとしたらそれは世界を変える力になるかもしれない。
なぜなら世界には観測者効果が働くから。

例えば物理の世界では、電子を観測するには光を当てる必要がある。光を当てなければ物を見ることはできないから。
だけど光子を当てることで、電子の軌道は変化してしまう。
要するに、見ようとする行為そのものが、見る対象を変化させるということだ。
これを観測者効果という。観測者効果は物理学だけでなく、社会学などにも見られる。とても汎用性の高い概念だ。

世界にも同じことが言える。時詠の少女の私が世界を観測することで、観測者効果が生じる。
つまり私がどのように世界を観測するかということが、やがて世界の終わり方を変えてしまうかもしれないということだ。
世界の結末は観測者の手の中にある。この私の掌に。……そう教わった。
でも、誰にだっけ……?

「世界はどんな風に終わるんだろう……」
一人ぼっちの小部屋で、誰ともなく呟いた。

「……あれはどういう意味だったんだろう」
店主がかつて洩らした言葉がふいに頭をよぎる。

始まりは終わり。
終わりは始まり。

私は静かに首を振ると、床に転がった青い水晶を愛おしそうに拾う。
「今日はこの子にしよう」
いったいあと何日、私には時が残されているんだろう。
世界の終わりの果てには、何が待っているんだろう。

クリスタルの放つ青白い光に目を細めながら、私は小さく囁いた。
「世界は私をいらないと言った……。私は――」

ランジュ – 序文1

※nias注:旧版からの移植記事です。変更部は太字。

2011年7月19日

リディアは小さな可愛らしい手を口元に当てると、悪戯好きな少女のように男の背中に歩み寄った。
その若い男は茶色い煉瓦でできた背の低い壁に座って、公園の柱時計を見ていた。
午後8時。彼女は夏の夜に小さなため息を洩らす。

「セレン君……」
彼女は小さい声で呟いた。しかし目下の男は声に気付かず、じっと時計の針を見ていた。
彼女は男が気付いてくれるのを待った。1, 2, 3……と心の中で数えながら。
やがて心の数が8を指した辺りで、もう一度声をかける決心をした。

だがその前に彼女はもう一度呟いた。今度は世界の誰もが聞こえないほどの小さな声で。
「見えないほんとうはつくりもの。見えるうそはそこにある」


そのわずか一分前。貞苅詩門は公園の柱時計を見ながら憂いていた。

失った過去を憂い、暗い現在を憂い、底の見えない未来を憂いていた。
気が付いたら30になっていた。10代の頃とは違う。心も体も変わってしまった。
あの頃はまだ「未来が決まっていないこと」が希望だった。いつからだろう、それが不安に変わったのは。

自分の人生が特別不幸だとは思わない。だが何か違う。何かが足りない。そんな思いがある。
毎朝起きるたび、「こんな人生に何の意味があるのだろうか」と思ってしまう。
夕方が来るたび、「こんな毎日を無為に繰り返して、自分は何も成さずにただ死んでいくだけなのか」と思ってしまう。

精神科にかかれば疲れによる軽い鬱状態とでも説明されるだろう。
そして効きもしない薬を処方されるのだ。
彼は苦笑するとポケットに手を入れ、薬を探す。
そろそろ食後30分だ。7時すぎに駅前のファミレスで夕飯を取ったが、店内はうるさいので早々に立ち去った。

スーツのポケットから手を引っ張りだすと、出るわ出るわ、薬の山。銀色のシートが何枚も出てくる。まったくもって30の若い男に似つかわしくない。
10代、20代の頃は当たり前のように享受していた「痛くない体」を維持するためだけに、こんなにもたくさんの薬がいるものなのか。
この銀色のシートはきっとこれから年を重ねるごとにさらに増えていくことだろう。

今日は辛い。いや、今日も辛い。そして明日は今日より暗い。
成長はしない。好転もしない。ただ漫然と失うだけ。
それが大人というものだ。子供の頃に憧れた「称号」は、手にしてみれば何のことはない、ただの枷だった。

ペットボトルの水を口に含んで薬を飲むと、重苦しいため息を吐く。
彼はじっと柱時計を見た。もう8時だ。

――このときはまだ予想だにしなかった。
この短針が8を指した瞬間から、自分が神の夢の観測者になろうなどとは。
一方、リディアは目下の恋人が気付いてくれるのを待っていた。しかしいくら背中を見つめても、彼は呆然と時計を眺めているだけだった。
「セレン君……」
リディアは慰めるような優しい声で囁いた。
「……やっと見つけた、あなたを」
ふいに声をかけられ、彼は驚いた。
「リディア……?」
それはよく知っている声だった。彼女は亜麻色の髪をなびかせながら佇んでいた。

彼女はいつも「セレン君」と呼んでくる。これは自分が創ったアルカという人工言語における名前だ。最初の頃は戸籍名で呼ばれていたが、今ではもうすっかり「セレン君」だ。
この名前は「相手を黙らせる人」という高圧的な意味があり、もともとはあだ名として付けられたものだ。だから最初は気に入らなかった。
しかし慣れというのは怖いもので、徐々に戸籍名よりもアルカ名で呼ばれるほうが自然に感じられるようになっていった。どちらの名前もサ行だし、カタカナにしたところで文字数も同じだ。そんなこともあって今ではもうこの名前を受け入れている。
実際、頭の中で自分を客観視するときでさえセレンという名を使うし、周囲の親しい人間にもその名で呼ばせている。もはや戸籍名は身分証や仕事上など、非プライベートな状況でしか使わない。

「リディア……? どうしてここに」
逢う約束などしていない。今日この時間にここに来ることも告げていない。
戸惑うセレンに対し、彼女はまるで全てを見通していたかのような素振りを見せる。
「今日で20年だね、わたしたちが出逢ってから。セレン君、きっと来てくれると思ってた」
リディアは羽ばたくように手を広げた。
「そしたら本当に逢えた。すごいね」
とても嬉しそうだ。

「だからって何の連絡もよこさず、こんな時間に一人で来たのか」
セレンは心配そうな顔をする。
「大丈夫だよ。逢えるって信じてたから」
彼女はセレンの左に腰掛ける。そして頭をちょこんと肩に乗せた。
「……人が見てる」
周りを気にするセレン。この時期は柄の悪い連中がたむろしていることがある。絡まれたら面倒だ。
近くの男と目が合う。サラリーマン風の中年なので多分何も言ってこないだろうが、何となく気まずくなって下を向いてしまう。
「わたし、迷惑かな」
ふいに憂いを帯びた夜桜のような表情を見せる。
「そんなことない」すぐに否定した。「……俺も逢えて嬉しかった」
その言葉に、彼女は花開くように微笑んだ。

リディアは公園の時計に目をやった。
「8時だね。わたしが初めて貴方に声をかけたときと同じ。わたしが生まれたときとも同じ。
ねぇ、この20年、色んなことがあったね」
「あぁ、あった」
「貴方は人工言語アルカを創った。わたしは人工世界カルディアを創った」
「そしてそのふたつを合わせて幻奏と名付けた。つまりこの20年の間――」
「――わたしたちは幻を奏でていたんだね」

「だが逆に言えば、それだけ時間をかけても、たったふたつしか成せなかったんだな」
遠い目をするセレン。
「他にもあるよ」
「うん?」
「……大切なこと、あったよ」
リディアは小さな白い手をセレンの手に寄せる。小指の先が手に触れると、セレンは心なしか緊張で身を固くした。
「――わたし、貴方のこと、すきになれた」
「……恋をしたんだな、俺たち」
彼は恥ずかしそうにぎこちなく言った。
「手……重ねてもいい?」
紅潮した頬で尋ねるリディア。セレンは答える代わりに彼女の手にそっと手を重ねた。
黙っていても互いの鼓動が伝わる。温かいぬくもり。

しばしの沈黙の後、ふたりは口を揃えて「ありがとう」と言った。あまりの奇遇さに思わず顔を見合わせてしまう。
「……続き、何て言おうとしてたんだ?」
「え?」恥ずかしそうに俯くリディア。「あの……わたしを好きになってくれてありがとう、って……」
「あぁ」空を見上げるセレン。「おんなじだ。俺を好きになってくれて、ありがとう」


「それにしても、これだけ頑張って創ってきたものがすべて幻なんだよな」
セレンは淋しそうに呟いた。
いくら頑張っても幻は幻。どんなに努力を積み重ねても架空は架空。
そんなことは分かっている。最初から、分かっていた。だが、そこには一抹の寂しさがあった。
そんな彼の心情を知ってか知らずか、リディアは翡翠の瞳で彼を見つめると、そっと囁いた。

「ねぇ、もし自分の想い描いたファンタジーが実在のものだったとしたら?」

夏の夜に澄み渡る静謐な吐息が、彼の耳をくすぐる。
だがセレンは侘しそうに嗤うと、それきり何も応えようとしなかった。彼は自分がもう夢の世界の主人公になれるほど若くはないことを知っていた。
「わたしたちは異世界カルディアの登場人物だよね。オーディンという中世の時代を生き抜き、悪魔を倒して世界に平和をもたらした英雄」
「――俺たちの創ったお話の中では、な」
「ううん」かぶりを振る。「そうじゃなかったんだよ」
そして 月に向かって誓うように彼女は告げた。
「あの世界は実在したの」

彼女は漆黒に浮かぶ立ち待ち月に手を伸ばす。セレンは黙って彼女の指が示す先を目で追った。
「悪魔を倒したわたしたちは転生して、異世界カルディアを去った。その転生先がユマナ、つまりこの世界なんだよ」
ふだん冗談をあまり言わないリディアの奇妙な言動に、セレンは戸惑いの色を隠せない。
「わたしたちは出逢うべくして出逢い、この世界でも再びアルカとカルディアを創った」

悠然と語る彼女に対し、セレンは渋い顔をした。
「正直、賛同しがたいな。古いアルカには英語や日本語の単語が入っていた。アルカが異世界のものだとしたら、このことをどう説明する」
しかしリディアはそんな疑問など最初から想定していたかのような口調で答える。
「最終的にアルカは英語などの自然言語を排他し、今の形に至った。完全なるアプリオリ人工言語としてね。
わたしたちは幻奏を創っていたつもりだったけど、実際は転生前の記憶を無意識に呼び起こしていたにすぎなかったの」
セレンは手を顎に当てて考え込んだ。彼女の発言の意図が分からない。

「アルカほど創り込まれた言語がどうしてこの世にひとつも無かったんだと思う? それは別に貴方が人より優れていたからじゃない」
「……転生前の記憶のおかげってわけか。つまり俺は異世界で救世をした後この地球に転生し、10歳から30歳までの20年間をアルカに費やしたと」
真剣な顔で頷くリディア。どこまで本気で言っているのだろうと不安になる。

「仮にそうだとしても疑問があるな。なぜ異世界で創ったものをわざわざここで再現したんだ? 単なる二度手間、徒労じゃないか」
すっと立ち上がるリディア。スカートが風で舞う。「すずしい」と言いながら両手を広げる。そのまま空に飛んでいってしまいそうな儚さがあった。

「異世界に地球の言語は持ち込めない。反対に、地球に異世界の言語を持ち込むこともできない。
だけど、異世界の言語を異世界に持ち込むことならできる。なぜなら拒絶反応が起こらないから」
なんだか臓器移植みたいな話だなとセレンは思った。
「つまり地球でアルカを創っておけば、そのままカルディアに持ち込めるってことか」
「そう。かつて異世界に転生した貴方は日本語を失っていたし、この世界に転生した貴方は逆にアルカを失っていた。でも今回は違う。もうアルカはできているから」

「『今回』? 何だかその言い方だと、まるでこれからもう一度カルディアへ行けって風にも聞こえるな」
苦笑するセレン。しかし彼女はあっさりと彼の言葉を肯った。
「この20年間の苦労は、わたしたちが最初からあっちの世界で生きていけるようにするためのものだったんだよ。おかげでわたしたちは最初からアルカが話せるし、向こうの文化や歴史にも詳しい」

彼女の表情はとても冗談を言っているようには見えなかった。それだけに背筋に冷たいものが走る。
「大変だったんだよ、初めて貴方がオーディン時代にやってきたときは。異世界カルディアの言葉を何一つ知らず、日本語すら失っていたんだもの。だから今回はそんなことがないようにってね。そして何よりユマナでアルカとカルディアを再現したのはユマナとカルディアの連関を作るため

セレンは溜息をついた。
「ごめんリディア、もう冗談は止めにしないか。幻想は幻想、現実は現実だよ。悩みや願い事があるなら聞かせてほしい。俺にできることなら何でもするから」
頭から信じようとしない彼の言葉を聞いた彼女は悲しくなって夜の朝顔のように塞ぎこんでしまった。困惑しながらも、そんな彼女を心配そうに見やるセレン。

「……ごめん。別に嘘吐き呼ばわりしているわけじゃないんだ。ただ、あまりに突拍子もない話だから」
「平気……わたしも転生前の記憶が戻ってなかったら、きっと戸惑ってたと思うから」
だが彼女の表情はとても冥い。華奢で小柄な身体がいつも以上にか細く見える。
「転生前の記憶?」
「思い出したの……。契約……死神との」
うわ言のように呟くリディア。

「あの、その……質問、いいか」
彼女の悲しむ顔は見たくない。彼は戸惑いながらも話を続けることにした。
「うん?」
「何のために俺たちはまた異世界へ行くんだ」
「……終わっちゃうの」
「終わる……?」
「異世界カルディアはあと20年で終わりを迎えるの」

「異世界カルディアが終わる?」
それは流石のセレンも驚きだった。
「わたしたちが転生するのはメル422年。ランジュ時代だね。そこで20年のあいだ過ごすの」
「20年……か」
ちょうどアルカを創ってきた時間と同じだ。おおかたその20年の間に世界の滅亡を阻止せよとでも言いたいのだろう。

「それでその……転生ってのはいつするんだ」
問われた彼女は公園の時計を見つめる。
「5分くらいかな」
「もうそれしか時間が残ってないのか」
目を見開くセレン。あまりに急な話だ。準備する時間すらないではないか。もう自分は身一つでどこでも行けるほど若くない。常備薬など、色々持っていくものがある。
しかしリディアはふるふると首を振った。肩より長い髪が柔らかく揺れる。
「ううん。転生してからもう5分くらい。8時にわたしたちの魂――というかセレスは向こうに旅立ったから」
「え……」
既に出発済みとは斜め上の発想だった。
「地球人には元々セレスがないから、これでわたしたちも普通の人間だね」
とはいうものの、特に何か失ったような感じはしない。

「魂だけ向こうに行ったところで、肉体がないと困るだろう?」
「向こうにはセレスのない肉体だけの貴方がいるの。カルディア人なのにセレスがない状態でね。その身体にセレスが入るんだよ」
どうやら異世界には魂の容れ物が用意されているようだ。

「向こうの貴方は異世界で過ごしてきたわけだから、当然アルカができる。その肉体に乗り移るセレスはアルカを使える必要がある。でないと拒絶反応を起こしちゃうから」
「なるほど、それで地球の俺はここでアルカを再現してきたってわけだ」

静かに、しかし深く頷く。「それにしてもまさかこの年になって再び神話の主人公を演じさせられることになるとはな」
「え?」と意外そうな顔。「セレン君は主人公じゃないよ」
「そうなのか」なかば安堵したような表情になる。「やはり主人公はお前なんだな」
だが彼女はそれにも首肯しなかった。
「この物語の主人公はわたしでも貴方でもない。彼女の名前はlein melkant、通称melkantfian」
「レイン=メルカント、時詠の少女……? アシェットの人間じゃないのか」
「彼女はメル422年からの20年間、終わりゆく世界を観測するの」
「何のために?」
「世界の結末を変えるために」
「変える? でもその子はただ世界を視るだけなんだろ」
困惑するセレンに、リディアは謎めいた微笑を浮かべた。
「観測することが世界を変える力になる可能性もあるってことだよ」
「ふむ……なにやら難しい話だな」
「難しいんじゃなくて、受け入れがたいってことじゃない?」
からかうようなリディアの口調に彼は一瞬口をつぐんだ。言い得て妙だった。

「それはそうと」セレンは空咳を決め込む。「もし向こうの俺に何かあった場合、こっちの俺はどうなるんだ?」
ふと不安がよぎる。しかしリディアはそんな不安を振り払うように答えた。
「何も起こらないよ。もし異世界の貴方が怪我をしてもこっちの貴方に影響はないし、逆もまた然り。重要なのは身体じゃなくてセレスだからね」
「セレス……魂か。そういやセレスといえば、どうして今回の転生は魂だけだったんだ? 俺たちの身体が地球に残る意味はあるんだろうか」
「意味、だね……」
細くて長い脚を伸ばすリディア。子供のように幼い体つきだ。
「正直、異世界が実在すると言われても、自分の身体が行くわけじゃないからいまいち実感が湧かないんだよな。かつて自分がオーディン時代で悪魔を倒したっていう事実とやらもすっかり忘れてしまっているし」
首を傾げるセレンに、リディアは確認するかのように言葉を添える。
「オーディン時代での活躍ってカルディアではメル2-22年のことだけど、地球では西暦1991-2011年のことだよね」
「あぁ。でもその期間、俺は地球にもいたぜ? カルディアにいた覚えはないよ」
「つまり、1991年にオーディン時代に転生したときも、セレスだけが転生したってことだよ。
わたしたちの場合、肉体は常にふたつあるの。地球にひとつ、カルディアにひとつ、って具合にね」
「なるほど……」こくこくと頷く。「それで今回も肉体だけは地球に残ったわけか。しかし毎度毎度なんで肉体だけ残るんだ?」
「ふしぎ?」
「だって、ふつう異世界物っていったら身体ごと飛ばされるものだろ。こっちに残った俺たちに一体何の意味があるんだ」
するとリディアは桜色の唇をセレンの耳に近付けた。桃の香りが微かに彼の鼻腔をくすぐる。
「あのね、この世界に残ったわたしたちの使命は――」

――しばしの沈黙の後、彼は感心したような呆れたような顔を見せた。
「……よくもまぁそんな巧い『やり方』を考えたものだな。
確かにその方法なら『使命』とやらを達成できる。しかも、たとえこちらに残ったほうの俺に途中で何かあっても大丈夫な仕組みになっている」
リディアは子供のようにくすくす笑うと、セレンの耳元からゆっくり離れた。

「それに、そういう事情なら、俺がカルディアでの出来事を覚えてないのにも納得できるよ」
腕を組んで頷くセレン。
「ううん、少しは覚えてるはずだよ。確かに記憶としては残ってないけど、セレスに刻まれた無意識はしっかりとカルディアのことを覚えてるから」
「そうなのか?」
「例えばわたしたちのこの20年間で特別なことが起こった日は、たいていオーディン時代でも特別なことが起こった日なの。セレスの無意識がわたしたちに似たような行動を取らせていたってことだね」
「俺が地球でアルカを再現したのもその一環か……」
「まぁ、そっちは死神との契約が大きく絡むんだけど」
「死神?」
「あ、ううん……」
口ごもるリディア。彼女は話題を変えようとする。

「ほかに、絵や音楽なんかもそうかな。セレン君、新古典主義とか好きでしょう? あれって神様が実在するカルディアだと最も発展した分野よね」
「俺が新古典主義を好きなのは異世界の記憶に引きずられてるからってことか。で、音楽もそうなのか?」
「地球じゃ西洋十二音階が一般的だけど、カルディアでもアルミヴァの十二神を用いるから音階の数は同じ。その上、人間が心地良く感じる和音なんかは物理的特性によって定まるものだから、異世界でも和音の仕組みは同じ」
「ってことは、使われるコードやメロディも完全に恣意的ではないということか。つまりカルディアにも地球と同じコード進行やメロディがあると」
「そう。そしてどちらの世界にも数えきれないほどの曲がある。となれば単純なメロディーの曲ほど、同じものが二つの世界にある可能性が高くなる」
「車輪の再発明みたいなものだな。全く情報のやり取りがない間柄でも結果的に同じものを作ってしまうというような。……例えばどんな曲がかぶってるんだ?」
するとリディアはくすくすと楽しそうに笑った。何だか今日の彼女はおかしい。前世の記憶が蘇ったせいか、あるいはそれ以上の何かがあったのか、いずれにせよセレンの知らない様々なことを把握しているようだ。
リディアは彼の反応を楽しむかのように、指折り数えだした。

「例えば日本で有名なお菓子の曲。『ちょっこれーとっ……』ってやつね。あれとよく似た曲が凪国の国歌になっている。貴方の耳が惹かれるはずよね。
それと、グリークのペール・ギュント、山の魔王の宮殿にて。あれはkakoの時代に作られた”non keno hacma”という曲によく似ている。
あとルティアの国歌は、イギリスで生まれた世界一有名なファンタジー小説の映画版テーマ曲にそっくり。
そして日本で二番目に有名なRPGゲームのテーマ曲……。あれは惑星アトラスの星歌となっている」
「星歌? 国歌じゃなくてか?」
「本当に忘れているのね。わたしたちアシェットは悪魔と戦った際、トルバドールという連合国を作り、国家を越えた星歌アンシャルディアを作った。
それは人類の希望の歌となり、その後はアルバザードの国歌としても採用された。
――そしてその歌を作ったのは、ほかでもない貴方なのよ」
セレンは目を見開いた。
「俺が!? いや、でもあれはあの会社が――」
「――作ったよね、当然この世界では。でもカルディアでは貴方が作った。幻字の歌なんかと一緒でね」
「けどほら、そんなこと言っても著作権とか色々大人の事情がさ……」
「異世界相手に申し立てるの?」
「……ごもっともで」
涼風になびく髪を押さえながら、リディアはふふと笑った。
「わたし思うんだ。どうして貴方があのゲームに惹かれたり、あのお菓子の曲を好きになったのか。きっと、魂の記憶が惹かれたからよ」

「はぁ……」
セレンは疲れた顔で首を回した。肩が凝った。今夜はあまりに新しい情報が多すぎだ。やれ前世だ使命だ音楽だ物語の絡繰だと……。
「ん、絡繰……?」
ふっとあることに気付き、リディアを見つめる。
「なぁ、もし俺がこの物語の絡繰を聞かされなかったら、20年のあいだに見抜けていたかな」
「きっと分からなかったんじゃないかな」リディアはあっさりと否定する。「貴方だけじゃなく、きっと誰も気付かなかった思う。最も複雑な仕掛けは、最も見えやすく最も見えにくい部分に潜んでいるから」
「そう……かもな。あからさまなトリックが囮のように見えて――」
言いかけた彼の唇に人差し指を当てるリディア。そして悪戯げに囁いた。
「神様は嘘を吐くための嘘を吐いた。
これはそんな寂しい神さまのおはなし。
かみさまの、懺悔」


静寂が訪れる。
「ねぇ」思い出したように呟く。「さっき、自分にできることなら何でもするって言ってくれたよね」
「……言ったな」バツの悪そうな顔をする。「悩みや願い事があればの話だが」
「お願いごとならあるよ」
脚をぷらぷらさせながら、あどけない顔で笑う。
「……聞いてやる」
「あのね――」胸の前で手をきゅっと握る。緊張で声が少し上ずっているようだ。「――わたしに貴方のこと、ずっと好きでいさせてほしいの」
セレンは暫しの間沈黙した。その言葉は聞こえよりずっと重い。それが何を意味するか、どれだけの苦労と犠牲を払うことになるか、彼は重々承知していた。だからこそすぐには返事ができなかった。
やがて彼はその言語の重みを十分噛み締めてから「分かった」と応えた。
「約束するよ、リディア」
彼は静かに宣言した。
それから彼は自分の願い事をリディアに告げたが、夏の夜風がふいに言葉を掻き消してしまった。
「うん……」桜色の頬で頷くリディア。
「約束するよ、セレン君」

ふとリディアは物憂げな表情で公園の時計を見やる。
「そろそろ転生したわたしたちはカルディアに着いたころかなぁ」
呟きながら、彼女は顔を暗くする。
「転生した俺たちは一体そこで何をするんだろうな」
ぽつりと疑問を投げかけるセレン。しかしリディアはかすみ草のようなか弱い微笑を返しただけだった。その眼はまるでこれから起こることを知っているかのようにも見えた。

「手……つないでもいい?」
その声はなんだか今にも崩れてしまいそうなものだった。
「うん……」
差し出すと、彼女は小さな手でしっかりと握ってきた。その手は微かに震えていた。
「どうした?」
「怖いの……」
「怖い?」
「だって、転生した先でも貴方がわたしを好きでいてくれる保証はないもの」
リディアは今にも泣きそうな声でそう告げた。
「大切なのは魂……セレス。そのセレスが異世界へ行ってしまった。物語の視点は地球上にいるこのわたしたちから離れてしまう。
カルディアに着いた貴方はわたしをまた選んでくれるだろうかって思ったら自信がなくて、それですごく不安になったの」

「そうか……」
ぽんぽんと頭を撫でるセレン。彼女は応えるように彼の肩にしなだれかかった。
「このまま少しだけ寝てもいい?」
「いいよ、長旅で疲れただろ。少し休むといい」
「眼を閉じたら、今のわたしたちの物語は終わってしまう。次にわたしたちの魂が出逢うのはカルディアの中。
だけど、そこでわたしたちの関係性が維持される保証はない……」
リディアは不安げな顔をすると、繋いだ手に力を込める。
「手、ずっと握っていてくれる?」
「……あぁ。離さない」セレンは力強く言った。「――たとえ次の世界へ行ってもな」
その言葉に勇気づけられたリディアは安心したように微笑むと、幸せそうに眼を閉じた。
「このまま夢に降りたら、向こうで最初に逢えるのはきっとセレン君だね」

補遺 – 小説・短文・日記

nias記

補遺 http://conlang.echo.jp/files/index.html

現在、公式に収録されていない資料も含めて収集・保存しています。
特に古い時期や最近のデータ(arka@wikiに載っていないもの)をお持ちの方はぜひご提供ください。
今回、小説・短文・日記のページを作成しました。
資料と資料の情報は今後追加していきます。

初公開の資料は以下にあります。
私小説・私記につき人工言語とはほぼ無関係な内容になります。

 小説 – セレンの書
 日記 – 暇人速報

過激・不適切な表現も含まれますので閲覧にはご注意ください。

このサイトについて

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当ブログは、人工言語アルカの作者seren arbazard氏との手紙でのやりとりの中から、新たな記事やアルカに関する情報を保存・提供していくために設けられたブログです。
また、当ブログは氏との連絡の窓口としての役割も担います。氏と連絡を取りたい方は、任意のコメント欄に内容を記入してください。niasが伝言します。アルカに関する質問は特に歓迎しております。
※アルカそのものや事件に関する内容は検閲によって排除される可能性があります。アルカ部分はカタカナで書くか、訳語の配列で記述するのがより良いそうです。ご配慮ください。

なお、氏の承諾を得てアルカ公式ミラーを更新していくこともあるので、その情報も同時に提供していきます。当面、補遺資料ページの追加を予定しています。

動副詞とhot/tan/as/tisの語法について

farasさんの質問:

1. 動副詞について
主格動副詞と対格動副詞については幻日や公式サイトに説明がありますが、再帰動副詞や自然動副詞というのはないのでしょうか?
分詞には主格(~アン)・対格(~(オル))・再帰(~アスト)・自然(~オント)の4種類があるので、動副詞も4種類ありえるのではないかと思ったのです。
分詞は形容詞なのでこれらを副詞化することによって各動副詞を得られるのではないかとも考えました。ところが、主格動副詞(~アネル)と対格動副詞(~エル)は問題ありませんが、再帰動副詞は”~アステル”、自然動副詞は”~オンテル”となり、これでは再帰動名詞、自然動名詞の語尾とそれぞれ重複してしまいます。
もし再帰動副詞や自然動副詞が存在するなら、その語尾を教えていただきたいです。

2. ホット(~のみ)、タン(~も)、アス(~も。心理的な甚大さを表す)、ティス(~にすぎない。asの反意語)の語法について

①上記4単語を副詞として使う場合について
タンは用例から、動詞の直後においては副詞化接尾辞無しで副詞として使えるということが分かります。文法的には遊離副詞と言えると思いますが、これを他の遊離副詞と同様に、動詞の直前に置いたり、副詞化接尾辞を付けて文末に置いたりすることは可能でしょうか?
又、タン以外の上記3単語も各語法欄の記述などから副詞として使えることは分かりますが、用例が無く、遊離副詞として使うのか、一般副詞として使うのか分かりません。教えていただけると幸いです。

②上記4単語を格詞や接続詞で使う場合について
ホットはオル(もし~なら)やイム(~するときに)の直後に置いて、オルやイムが導く句全体に係ることができるようですが、これは同様の位置に置かれて仮定を表す副詞シェイのように、オルやイム以外の格詞や接続詞の後でも使えるのでしょうか?
又、同様の使い方が、ホット以外の上記3単語でも出来ないかと思っているのですが、不可能でしょうか?(例えば”オル タン ~”(~するにしても)、”イム アス ~”(~するときでさえも)のように。)

沢山で済みませんが、答えていただけると嬉しいです。宜しくお願いします。

再帰・自然動名詞とも理論的に可能です。動名詞とは統語的に区別できるので同形で構いません。
「リディアは花咲くように笑った」は
 ridia asexat mansontel.
になります。
「彼は落ちるように頷いた」は
 lu wikat metontel.
になります。

hotなどは動名詞の前には置けません。後ろです。遊離副詞です。
aluutなどと違ってhotelなどとはできません。
meltなどと違って普通の状態・性質形容詞でもなく、形容詞としては機能語の性格が強いです。
法副詞に近く英語でcanを一般副詞にしてcanlyと言えないのと同じです。canは助動詞ですが。
inat hotで「見ただけだ」inat tisで「見ただけでしかなかった」という風に遊離副詞として使えます。

ol tanやim asも仰るとおりの形で可能です。
今回は時間がなく急いで答えたので副詞hotなどの文法的な説明がうまくできませんが、
次回も質問など下さればもう少し熟考してからお答えします。